有名な執筆家であり科学者でもある人の筆による前掲の文章は、現代の科学的発見の素晴らしい結果を示すものとしてだけでなく、霊的生活にも同じようにあてはまる真理を描写するものとしても、非常に興味深い。

 例えば、聖書を読むと、信者に与えられる他の祝福の中に霊的識別力の賜物がある。「彼は私たちに理解力を与えて下さいました。それは真実な方を私たちが知るためです」(一ヨハ五・二〇)。彼はわれわれに「感覚を与えて」下さった(ランゲ)。それはわれわれが真実な方を知るようになるためである。以下の文章はこの節に関するウェストコット博士の注釈である。

 「『神の御子』が信者たちに与えて下さったものとは、理解する力、解き明かす力、人生の諸々の複雑な出来事の中で正しい結果に辿りつく力である。この賜物の目標は、一度きりではなく継続的・漸進的に、『真実な方』を彼らが理解力をもって知ることである」。

 それゆえこれこそ、目を覚まして神の導きに従順に歩む人々が実際に意識するようになる現実の賜物である。彼らに与えられているのは、「諸々の事象の困惑するような謎の下で、人生に対する神の御旨を、少しずつ、信じ且つ見る力である」。

 あまり比喩的ではない言葉で述べると、次のように確かに言えるだろう。何らかの形で誘惑や危険が迫ってくる時、「気温の低下が感じられる」のである。描写や説明のしようがないものによって、われわれは危険が迫っているのを感じるようになる。特別に用心して祈るようにという天からの呼びかけを感じるようになる。このような警告を無視するなら、深刻な損失を必ず被ることになる。そのような時は、よく目を凝らして、単純に信頼し、へりくだって拠り頼み、もっと子供のように神に信頼して、速やかに従おうではないか。

 この霊的識別力の器官は、軽視すべき賜物ではない。それをもてあそぶことはできない。目を覚ましていないなら、あるいは、不注意に歩んでいるなら、この賜物はすぐに不明瞭になるし、もしくは、完全に失われてしまう。そして、一度失うなら、回復するのはあまり容易ではない。

 霊的視力のこの器官、あるいは、道徳的気温の低下を直ちに察知するこの感覚ほど尊い賜物はほとんどない。時として、この器官のおかげで、神の御霊を悲しませ、奉仕におけるわれわれの喜びや平安だけでなく自由と力をも失ってしまうようなことをしでかすことから、われわれは守られる。

 他方、この賜物を用いるたびに、この賜物は強くなり、ますます鋭敏になって行く。われわれは「理解力のある心」をますます持つようになる。そして、このように目を覚ました従順な姿勢で生活する時、使徒の次の言葉の意味を、どんな注解書もわれわれに教えられないような方法で、われわれは知るようにされる。「どうかあなたたちが、知恵と霊的識別力の限りを尽くして、神の御旨を知る知識で満たされ、主にふさわしく歩んで、すべての事で主を喜ばせ、あらゆる善いわざで実を結び、神を知る知識が増し加わりますように」(コロ一・九~一〇)。


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