「一八七九年の秋のことである。当時存在していた海洋蒸気船の中で最も速かった五〇〇〇トンの蒸気船アリゾナ号は、約十五ノットで帰路を航行していた。ほんの一、二日前にニューヨークから出航したばかりだった。

 時は夜であり、微かな光しかなかったが、航行中の船と衝突する危険性はほとんどなかった。船長と乗組員は、見張るべき特別な理由があるとは思っていなかった。乗客たちは不安とはまったく無縁だった。

 差し迫った危険が乗船しているすべての人を現実に脅かしたその時、大ラウンジの乗客の多くは翌日の航行距離数を賭ける競売に耽っていた――実に、三五〇マイル以下の航行距離はとても低い掛け値で売られていたのである。

 突然、衝突音が聞こえた。船の速やかな前進は止まった。そして数分後、アリゾナ号が巨大な氷山に衝突したことを皆が知った。氷山の頂が船の上に覆いかぶりそうになっているのが見えた。氷山は船のマストの先にある明かりの中で、崩れそうに輝いていた。

 しかし、船の乗員を脅かした危険は、崩れ落ちる氷で船が潰されることではなかった。アリゾナ号の船首が静かに沈んで行くのが見えた。やがて、船は右舷の方に傾いた。前方の区画と側面の小さな区画が浸水しつつあった。

 それは乗員全員にとって不安な時だった。多くの人が目をボートの方に向けた。そして経験豊かな人は、自分たちを最も近い陸地から隔てているうんざりするような距離について思いを馳せた。そして、通りかかった蒸気船がアリゾナ号のボートを海で拾ってくれる見込みはほとんどないと思われた。

 幸運なことに、アリゾナ号の建設者たちは、自分たちの仕事を忠実かつ首尾よく果たしていた。同じ危険にさらされている同じ海路を行く別の船のように、速度は落ちたがそのぶん衝突の危険性は減って、アリゾナ号は壊れたにもかかわらず沈まなかった。船は何とかニューファンドランド島の聖ヨハネ港に向かった。そして、乗員たちは後に別の蒸気船によって拾われたのだった。

 アリゾナ号沈没を引き起こしかけたこの危険性――氷山との衝突――は、蒸気船とくに高速蒸気船がまれに遭遇するものである。また、この危険性により、特に夜間や霞や霧の時は注意深い見張りの務め――細心の注意と慎重な配慮――が必要である。なぜなら、他の船と衝突する危険性とは異なり、氷山と衝突する危険性は側面灯や船首灯や船尾灯といったいかなる装置によっても減らせないからである。ただし(不幸なことにあまりその可能性はないのだが)強力な前橋灯と、それを助ける強力な側面灯か船首灯がある場合、やや先にある危険な氷を見分けるのに役立つかもしれない。しかし、十四か十五ノットで航行している蒸気船の場合、たとえ極めて晴れ渡った天候だったとしても、夜間、低い氷山を目で捉えられる距離になった時には、最高の目をもってしても、手遅れである。見張りが警告を伝えて、技師がエンジンを止めて逆回転させる前に、船は氷山に乗り上げてしまう。

 しかし、科学はわれわれの感覚を拡張してくれる他に、われわれが生来持っているのとは異なる感覚をわれわれに与えてくれる。科学の写真機の目は千分の一秒の時間を捉えることができる。われわれの目の場合、そんなに短時間では、はっきりした像を捉えられないので、見ることはできない。

 他方、写真機の目は微かに輝く物体を何時間も見続けることができる。われわれの目では見えなくなっても――おそらくそれ以下でも――毎瞬ますますはっきりと見えるようになる。最初に見えたまさにその瞬間からそうである。科学の分光器の目は、発光性の蒸気や吸光性の蒸気や液体等の成分をわれわれのために分析することができる。しかし、天然の目にはそのような分析力はない。感触感覚、あるいは熱に対する感覚を、リードは初めて第六感として適切に識別したが(現代風の感覚の分類はこれを触覚と混同しているが、そのような混同をしてはならない)、それが元々及ぶ範囲はとても限られている。

 しかし科学はわれわれに、光に対してわれわれに与えてくれるのと同じくらい鋭敏でしかも広範にわたる、熱に対する目を与えてくれる。科学は今後、最も強力な天体望遠鏡ですらその光を示すのに失敗する星を、その熱によって捉えることができるようになる。これはエジソンが抱いた空しい夢ではなく、いつの日か有益な結果をたくさんもたらしてくれるであろう考えである。なぜなら、若者のドレーパー(彼の父親が惜しまれつつ亡くなった後、彼がこんなにも早く亡くなったのは、科学にとって大いに悲しむべきことであった)が作製した写真乾板には、それらの写真を撮影した人たちが天体望遠鏡では見ることのできない星々が写っていた、と言われているからである。(中略)氷山が近づいて来る時、影響を受けるのは視覚だけではない。気温の低下も感じられる。しかし熱に対する生来の感覚にとって、この気温低下はあまりよく分かるものではないし、目に見える景色よりも信頼に足るとすぐに素早く判断できるものでもない。

 しかし、科学が持つ熱に対する感覚はそれよりも大いに鋭いため、最高に鋭い視力の持ち主が夜中に氷山を察知できる距離よりもはるかに遠くから、氷山の存在を示すことができる。おそらく、普通の視力の持ち主が昼間に察知できる距離よりもはるかに遠くから、単独の氷山を察知することすらできるだろう。

 それだけでなく、熱電対列のような装置や、さらに精度の高いエジソンやラングレーの熱計測器なら、検出したことを自動的に告げるようにすることもたやすい。過去二十年の間にティンダル教授の講義を聞いたことのある人なら、熱を測る科学計測機の目盛りは熱の流入や流出に応じて、あるいは一般的な表現を使うと熱や冷たさに応じて、自由に動くことを知っているだろう。電気スイッチをオン・オフするように動く目盛りを造ることもできるし、あるいは他の方法で、迫り来る危険をとても効率的に示すようにすることもできる。

 熱検知器(それは必然的に冷気を検知するものでなければならない)を船の舳先に据え付けて、丸々四分の一マイルも先にある氷山の存在を検知したとき、その結果を――ずっと近くにある氷山を見張りが見てそれを告げるよりも――大音量で効果的に告げさせる方法をいくつも考えるのは容易である。危険が近づいているのを霧笛が力強く告げるように目盛りの動きを設定することもできるし、必要なら、電灯を即座に灯すのに必要な動力を作動させることもできる。技師たちにエンジンを停止・逆転させるように合図を送ることや、あるいはエンジンを自動的に停止・逆転させるようにすることすらできる。

 大西洋の数々の蒸気船が、多くの蒸気船同様、氷山に衝突した結果、壊れて失われてきた。これらの蒸気船は、こうした高速な自動計測器があれば、救われていたかもしれない――いずれにせよ、熱や冷気に対して科学が有する遥かに鋭敏な感覚器官を用いることは、氷山による危険を最高の見張りが察知するよりもずっと早くずっと効果的に検出するための、一つの実行可能な方法になるだろう。この方面における科学の力を知る者なら、だれもこれを疑うことはできない」(タイムズ紙に出版されたリチャード・A・プロクターによる手紙からの抜粋)。


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