コリント人への第二の手紙

 二番目の放射光線はコリント人への第二の手紙に至ります。この手紙では、コリントにある教会に大いなる証しの回復がありました――その地で、その都市で、世界で、証しの回復があったのです。傷つけられ損なわれた証しは、今や、回復されることができます。このような心の状態、このような霊の状態――砕かれた、謙遜で、深く悔いている、主の御前に自分をとても低くして、「主の御言葉におののいて」いる状態(イザヤ六十六・二)――を神が見いだされる時、神はこの世における証しに関する事柄を進めることができます。つまり、今や神は建造することができるのです。このような状況を神が獲得される時、外側で事が生じ始めます――大した努力は必要なく、まさに事が起き始めるのです――なぜなら、そのただ中で神の強大な力の大能が表されるからです。

 この手紙で使徒は言います、「『やみの中から光が照り出でよ』(あるいは、最初の創造の時のように『光あれ』)と仰せになった神は、私たちの心を照らして、イエス・キリストの御顔にある神の栄光の知識の光を与えて下さいました」(二コリント四・六)。その数節前で使徒は言いました、「私たちは主の栄光を見つめつつ、栄光から栄光へと主と同じかたちに変えられていきます」(三・十八)。これが証しです。内側の状況が対処される時、ごく自然に輝きが外に現れます。それは深く、とても静かな神の働きの結果です。神が一番目の混沌に向かって、「光あれ!」と命じられた時、あまり大きな物音はなかったと思います。神が御力を示される時、決して大きな物音は必要ありません。ハバククの言葉を用いると(ハバクク三・四)、「神は御力を隠される」のです。しかし、それは御力を極小化することではありません。神がただ語られるだけで、途方もないことが起きます。神はただ「光あれ!」と言われただけでした――しかし、この創造された世界における光の力と威力を見て下さい。光は何と恐るべきものでしょう!――しかし、たった一言で光が生じたのです。これは象徴的です。

 しかしこのコリントでは、状況が正された時、この光が輝き出ました。このような方法で光は輝くのです。宣伝、広告、組織化、途方もない熱狂や情熱的活動といった大騒ぎは必要ありません。証しが存在するなら、人々はその証しを知るでしょうし、感じるでしょう。状況が正しいなら、何かが起きるでしょう。もし何も起きていないなら、自分たちの状態を見直した方がいいでしょう。

ガラテヤ人への手紙

 十字架が放射する三番目の光線は、前の章で見たように、私たちをガラテヤ人への手紙に導きます。この手紙では、十字架の結果生じる御霊による命が示されています。十字架は御霊による命を生み出します。それは真の霊的キリスト教を生み出します。これは何もかもが外面的な、たんなる職業的、形式的、儀式的なキリスト教の類とは違います。御霊による命――これは力強いキリスト教、真の霊的なキリスト教です。それは何と実際的で、何と効果的なのでしょう!ガラテヤ人への手紙に来る時、私たちはこれに到達します。この手紙が告げるところによると、十字架は御霊によって生活の中に働くものであり、真のキリスト教とは霊的なものなのです。


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