(4)恵みの意義

 学ぶ価値のあるもう一つの主題が、まだこの手紙の中にあります。それは恵みの意義です。これはガラテヤ人への手紙の重大項目です。恵みは私たちをまったく新しい基礎の上に置きます。儀式、形式、律法の要求はみな、良心のやましさを際だたせるのに役立つだけです。パウロはこれを大いに明らかにしています。ご存じのように、ガラテヤ人へのこの手紙はローマ人への手紙の前に書かれました。おそらくパウロは、ガラテヤ人に書き送った時、自分に向かって、「私はこれについてもっと書かなければなりません」と言ったことでしょう。そこで、彼はローマ人に書き送る時、機会をとらえてそれについて詳述したのです。しかし要点は、この問題全体はこの良心の問題と関係していたということです。「律法が『あなたは……してはならない』と言っていなければ、私は罪を知ることはなかったでしょう」(ローマ七・七)。「律法はこう述べていましたが、それは私の良心を痛ませるだけでした。この体系全体は私の良心を呼び覚まし続けるだけで、私を良心のやましさから救い出してくれなかったのです。しかし、恵みがこれを成し遂げてくれました。恵みは私を全く新しい別の基礎の上に置いてくれたのです。この基礎の上でこの良心のやましさは対処されます」。そうです、恵みは良心を対処します。「神の恵み」――これは痛む良心に対する素晴らしい言葉です。

(5)聖霊の意義

 最後に、パウロは聖霊の意義を見いだしました。ここでパウロが聖霊について最も強調して述べていることは何でしょう?「あなたたちは子であるので、神はあなたたちの心の中に、『アバ、父よ』と叫ぶ御子の霊を送って下さったのです」(ガラテヤ四:六)。「あなたたちは子たる身分の霊を受けました。それにより、私たちは『アバ、父よ』と叫びます」(ローマ八・十五)。パウロはこれを奴隷の身分と対比させています。ここで彼はこの問題の核心を突きます。なぜなら、僕と子の違いがわかるなら――これは容易なことです――私たちは万事に通用する秘訣を得るからです。

 僕は言われたことをただ行うだけの者です。僕はなすべきこと、してはならないことを告げられます。それが好きでもそうでなくても、それに同意してもしなくても、僕は従わなければなりません。これがすべてです。僕自身の反応がどうだろうと、僕にはどうしようもありません。僕はただの僕にすぎません。内側ではその事柄全体に対して積極的に反抗しているかもしれませんが、それに関して何もすることはできません。もちろん、私は当時の僕について述べています。今日の僕なら仕事をやめて去ってしまうでしょう――これが今の時代の流儀です。しかし、パウロの時代のローマ帝国では、そうすることはできませんでした。奴隷には選択権がまったくありませんでした。「私は辞めて、別の主人を見つけることにします」と言うことはできませんでした。そうすることはできなかったのです。彼は体も魂も霊も買い取られていました。たとえ全身が反抗したとしても、奴隷にはどうすることもできませんでした。その人はまさにこの律法の奴隷だったのです。


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