明るく輝く証しの回復

 こうして私たちは六十章に導かれます。先行するものはみな、このような目的のために道を用意しました、「起きよ、光を放て。あなたの光が臨み、主の栄光があなたの上にのぼったから」。ここで次に、私たちは回復された証しというこの問題に来ます。暗い状況のただ中で、ひどく暗い世の中で、教会は明るい光を放ちます。「なぜなら、暗きは地を覆い、ひどい闇が民を覆っているからだ。しかし、あなたの上には主がのぼられ、主の栄光があなたの上に現れる」。これこそイザヤの預言の最後の区分の頂点です。この証しが回復される時(一節)、国々がその影響を受けます。「あなたの目を上げて見回せ、彼らはみな集まってあなたに来る。あなたの息子たちは遠くから来、あなたの娘らは、かいなにいだかれて来る。その時、あなたは見て輝き、あなたの心は高なり、かつ膨らむ。海の富が移ってあなたに来、国々の宝があなたに来るからである」。

 証しが明るくなる時、この輝きに曇りがなくなる時、神がご自分の家の中に、ご自分の民の中におられて、状況が十字架の意義にかなうものである時、その時、この影響は周囲に及びます。国々は影響を受け、人々は触れられます。何かが起きて、富、豊かさ、豊富が教会に戻って来ます。もし状況が主の御旨にかなっているのなら、言い換えると、主がご自分の民のただ中に、ご自分の家の中に、実際に証し――豊かで、曇りのない、雲や影を伴わない証し――を持っておられるのなら、国々はその影響や衝撃力を感じるようになり、教会そのものも大いに富むことになります。「島々は私を待ち望み、タルシシの船はいや先にあなたの息子らを遠くから載せて来、また彼らの銀や彼らの金を共に載せて来る。それはあなたの神である主の御名のためであり、イスラエルの聖なる方のためである。主があなたに栄光をお与えになったからである」(九節)。

新約聖書でこれに対応するもの

 さて、これは旧約の預言であることを私たちは知っています。この預言者は自分が知っている以上のことを話していたことを、私たちは認識しています――彼の言葉は二つの織り混ぜられた要素を含んでおり、それらを結合するものでした。一方において、イスラエルに関する限り、歴史が造られつつありました。しかし他方において、その過程全体を通して、(五十三章のように)彼の言葉はメシヤ――主ご自身、十字架、復活により十字架に続くあらゆるもの――を指し示していました。一時的な過ぎ去って行く面もありましたが、霊的な永遠の面もありました。この霊的な永遠の面こそ、聖霊が常にご覧になっていたものであり、歴史の中で目的として来られたものです。

 このように、あらゆる文脈において、これまで見て来たように、私たちはこれらの預言によって、言わば新約聖書に「移される」のです。そして、私たちは証しの回復についてこれまでイザヤ書から見て来ましたが、新約聖書でこれに対応するものは、特にパウロの手紙の一つの中に見つかります。その手紙とはコリント人への第二の手紙です。


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