しかし、これが弟子たちのあの小さな群れにも実現したことがわかります。十字架の時、これらの消極的な暗い事柄が、ある意味、弟子たちにも実現したと言えます。そうです、すべてはなくなり、木々は剥ぎ取られて裸にされました。それは実に不毛でした。心の中で弟子たちは言いました、「これは一体なんのためだったのでしょう?全部なくなってしまいました。私たちはすべてなくしてしまいました」。しかし、ペンテコステの日以降の変化を見て下さい。不毛な状態から実り豊かな状態に移ったのです――もう一度、この一覧に目を通して下さい――弟子たちは小さな群れであり、一握りの人々でした。エルサレム、ユダヤ、パレスチナ、小さな国の数マイルの空間に制限されていました。それがどうなったのでしょう?「その声は全地に響き渡り(中略)世界の果てにまで及んだ」(ローマ十・十八)とパウロは言いました。何と広がったのでしょう!復活により、綱は長くなり、杭は強固になりました。「主は亡くなってしまった」と弟子たちが思った時、恐るべき孤独が弟子たちを襲いました。しかし、この孤独は驚くべき交わりに場所を譲りました。この交わりは、仲間の信者たちが常に増し加わることにより、ますます確立されつつあります。これらのことがみな生じました。この素晴らしい一大変化が弟子たちに実現したのです。

 しかし、それで終わりでしょうか?いいえ!この同じ事が、すべての新しい信者にも実現したのです。その時から今に至るまで、これは実現され続けてきました。これらのことが真の信者の生活の特徴です――信者の生活の特徴なのです。もしあなたが十字架の反対側に生きているなら、彼が死なれた日に生きていて、死せるキリストと共に生きているなら、これらのことは実現されていません。しかし、もし私たちがキリストの復活の立場に基づいて生きているなら――真の信者ならそうするべきです――これらのことはみな実現されているのです。「主は私たちの生活を不毛な生活から実り豊かな生活に変えて下さいました。狭い生活から広い生活へ、恥から栄誉へ、捨てられた孤独な状態から交わりへ、変えて下さったのです云々」と、ためらわずに遠慮無く言えるなら、それは大いに幸いなことです。これはすべての真の信者の嗣業です。


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