心からの叫びの必要性

 まず第一に、この地上の霊的不正に対して叫ぶ必要があります。この世に働くこの霊的不正から生じている、私が見聞きしたことの中からほんの少しだけ、告げることができればよかったのにと思います――人々は命を奪われ、引き裂かれ、苦しめられており、家庭を破壊されています――ああ、これは恐ろしい物語です。これはまったく悪魔的な悪です――悪魔的計略・狡猾さに他なりません。そして、この悪は人々を通して、この世から神を追放すること、神に属するあらゆるものを追放することに、完全に専念しています。これはまったく邪悪です。この悲しみと苦しみに、私たちは毎日出会って接触していますし、今日、この世界のどこかで依然として続いているのを私たちは知っています。しかし、それを描写するのは不可能です――まったく非人間的なのです。今日、この地上で行われている事柄のこの悪魔的性格を、言葉で表現することはできません。ああ、この霊的不正に対して主の御腕をもたらす、天への叫びが必要です――なぜなら、これは霊的不正だからです。人はたとえ最悪の状態にあったとしても、自分だけでこんなことを行うとは、私は思いません。

 次に、「クリスチャン」という名を帯びている人々の一般的な霊的状況によって主は不名誉を被っておられますが、これに対する叫びが必要です。これもまた恐るべき物語です。そうです、「クリスチャン」と名乗っている人々の間で、主は実際にこの困難に会っておられるのです。いわゆる「クリスチャン教会」によって主の御名が被っているこの不名誉に対して、叫びが起きる必要があります。

 また、神の偉大な御旨についての皮相的な理解に伴う、あまりにも安直な満足感に対して、叫ぶ必要があります。神の偉大な御旨に対する皮相的で安直な姿勢がまかり通っていますが、これに対して私の魂は何度も何度も怒りを覚えました。「永遠から永遠に至る」神のこの途方もない御旨が啓示されているのに、それにもかかわらず、霊的な事柄に対する姿勢は「まあ、いいでしょう。少しだけで十分です」というものなのです。大きな満足を与えるには、ごく少量で十分なようです。神の御旨の偉大さに関する観念が少しでもあなたにあって、あなたがそれを言い表したとしても、皮相的で華やかなキリスト教はそれをすべて取り去ってしまうのです。これを見て、あなたの心は引き裂かれそうになります。まるで、この騒がしい華やかなキリスト教には、御子に関する神のこの途方もない御旨にかなうものが何かあるかのようです。これにあなたは憤慨し、あなたは心の底から憤ります。神の偉大な御旨に置き換わって、その地位を横奪するものに対して、神の民は心から叫ぶ必要があります。

 預言者イザヤが神の民イスラエルと諸外国の中に見いだされる諸々の悪によって圧迫された時、彼は大声で叫びました、「ああ、あなたが天を裂いて下り、あなたの前に山々が震い動きますように。(中略)あなたは、私たちが期待しなかった恐るべき事をなされた時に下られたので……」(イザヤ六十四・一、三)。「ああ、あなたが天を裂かれますように」!この世を行き巡って、状況を感得するだけで、この叫びがあなたの内に生じます。しかし、このような時代にあって、神の栄光のために、このような叫びを自分の内に生じさせて下さるように、この「内なる」叫びに自分を加えて下さるように、主に求めて下さい。自分をこの必要不可欠な道具また器の一部として下さるよう、主に求めて下さい。例えば、ダニエルとその友人、エステル、モーセ、エルサレムでの「祈りの集会」、このような他の多くの器のようにです。このような器の叫びは天に届いて、この御腕をもたらします。なぜなら、「このゆえにイスラエルの家は私を尋ね求めるべきである」(エゼキエル三十六・三十七)というのが決定的な原則だからです。主の御腕は何もないところに「現される」ものではなく、主への叫びに対してのみ現されるものなのです。「昼も夜も神に叫んでいる選民のために、神が復讐して下さらないことがあるでしょうか?私はあなたたちに言いますが、神は復讐して下さるのです」(ルカ十八・七、八)。神は復讐して下さいます――しかし、そのためには叫ぶ選民が必要なのです。

 主は私たちをそのような者にして下さいます。これが厳粛な言葉であることを私は承知しています。しかし、今は真剣になるべき時であり、現実の状況に直面すべき時です。万事順調であるかのように、愚者の楽園に居続けてはなりません。今日、叫びを神に至らせる必要があります。この大いなる必要にとても身近に触れることなしに、これを言うことはできません。極東の状況を少しでも見たことがある人なら、このように感じずにはいられませんし、戻って来る時、「ああ、この状況について、神の民が叫びますように!」と心の中で言わずにはいられないでしょう。ですから、私は最初にこれを強調することにします。そして後で、主の動きの土台について見ることにします。


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