(b)この世において

 しかし、これが主ご自身の民の間でこの三つの意味において本当のことだとするなら、この世、この不正で邪悪な世はどうなのでしょう?おそらく、私たちが極めて深刻な論争を時として主としそうになるのは、この点についてでしょう。正直に言うと、私はこれまでこの世界の大部分を巡って、色々なことを見て来たのですが、時として次のような疑問が私の心に湧き起こることがありました。「ああ、主よ、このようなことが続くのを、あなたはどうして忍んでおられるのですか?あなたは御位に着いておられるのに、どうしてこのようなことを耐えておられるのですか?」。誇張して言っているのではありません。ロンドンから数時間しか離れていない所で、私はあなたにあるものを示すことができます。それを見るなら、あなたは恐怖して、「ああ、神よ、この被造物をすぐに終わらせて下さい!」と叫ぶでしょう。この悪と苦難はこんなにも酷いものなので、主の御腕以外にそれに対応できるものはありません。

 これが今日に対する言葉です。そこで、次の質問をすることにして、後でできるだけそれに答えたいと思います。主の御腕はどのような原則に基づいて現されるのでしょうか?なぜなら、ある意味、この御腕は管理されており、その現れには条件があることを、私たちは理解しなければならないからです。主の御腕がいわば麻痺している時もあるのです。そのような時、主の御腕は縛られて、動くことができず、自由ではありません。「私は民の間で縛られている人のようであって、動くことができません」(エレミヤ十二・九)というのが預言者の叫びでした。主の御腕を治めている数々の原則や霊的法則があるのです。御腕を必要としているのが、私たち個人であれ、地元の群れであれ、教会であれ、この世であれ、私たちは主が御腕の力を行使される根拠を理解しなければなりませんし、主が御腕を上げて、それを伸ばし、ご自分の力強い活動を行われる条件を理解しなければなりません。

 すでに述べたように、この問いにただちに答えることはしません。後で答えます。とりあえず、主の御腕が現される必要性というこの問題の全体像を示したいだけです。あなたが新たにこの必要によって捕らえられることを私は望んでいます。「主の御腕よ、起きよ!」(イザヤ五十一・九)。この御言葉が私を何週間も突き動かしてきましたし、特に極東を巡っていた時にそうでした。この多くの面にわたる世界情勢の中、主の御腕がどれほど必要とされていることでしょう。これを別の言い方で述べることもできます。「おお、主が何かを行って下さいますように――本当に何かを行って下さいますように!」。今日、主の御腕の現れが必要であるという感覚を主がご自分の民に与えて、私たちを前進させて下さり、私たちがまず叫び声を上げて、次に、主の御腕の動きを支配しているこの数々の法則と一致するようになるなら、このメッセージには価値があったことになりますし、実際に大いに役に立ったことになります。


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