「主は蛇に言われた、『(中略)私は敵意を置く。おまえと女との間に、おまえの子孫と女の子孫との間に。彼はおまえの頭を砕く……』。」(創世記三章十五節)

「……この年を経た蛇(中略)兄弟たちは、小羊の血と、彼らの証しの言葉によって、彼に打ち勝ち、死に至るまでもその命を愛さなかった。」(黙示録十二章九、十一節)


 イエスの証しについて聖書で最初に述べたのは主ご自身であり、それは上の節においてでした(創世記三章十五節)。イエスの証しは「彼はおまえの頭を砕く」というこの句に集約されます。この句では二つのものが一緒にされています。「彼」すなわちこの御方と、「おまえの頭を砕く」すなわちその御業です。これにはある特別な意味があります。「おまえの頭」は「おまえの支配、統治、主権、冠」を意味します。次に、十字架が直ちに導入されます。この御方はこの証しを完全かつ決定的に確立されますが、十字架はその舞台であり中心です。さらに、十字架の中心的要素は主イエスの血です。血こそイエスの証しの中心的要素です――主イエスの血がその中心的要素なのです。主イエスの血の包括性を思い出して欲しいと思います。主イエスの血はまず第一に罪と関係があります。創世記のこの節では、人が犯してしまったためにこの世に入り込んだものに対して直ちに血が適用されます。罪には様々な面があります。罪は違反であり、境界線を踏み越えることです。罪は不法であり、神に反抗することです。罪は欠け目を生じさせ、人が神の栄光を受けられないようにします。罪にはあらゆる形や道があります。主イエスの血は罪を対処しなければなりません。罪に直面し、それを滅ぼし、この宇宙から徹底的に一掃しなければなりません。イエス・キリストの血は罪に立ち向かうものです。

 それから二番目に、イエスの証しは「肉」というこの象徴的言葉が意味するところのものと関係しています。ここで言う肉とは単なる罪の原則のことではなく、罪に落ちた人のことです。つまり、堕落した人類、種族を意味します。罪が侵入したとき、人は堕落してしまいました――神の当初の意図とは全く異なる存在に成り果ててしまいました。「人は肉になってしまった」(創世記六章三節)。イエスキリストの血は、この堕落した種族を支配している原則や法則としての罪を対処しなければならないだけでなく、この種族そのものを対処しなければなりません。罪をこの宇宙から一掃しなければならないだけでなく、この種族をこの宇宙から一掃しなければなりません。このような種類、このようなタイプの人を除き去って、新創造のための場所を確保しなければなりません。肉にしたがったタイプの人ではなく、御霊にしたがったタイプの人、復活したキリストのような人のための場所を確保しなければならないのです。


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