愛の勝利

 この宇宙はすみずみまで憎しみで荒廃しています。悪の軍勢は、先に述べたように神に対して最初の憎しみを抱いた時から、常に次のことを行ってきました。すなわち、人を神に敵対させること、そして不信、疑い、恐れ、嫉妬、競争、罪、他の数千の方法により、人――神の首位の被造物――を自滅させることを行ってきたのです。このような世界の中に、神の愛を宣言してそれを示す御方、新創造の中で神の愛を教える御方が到来されました。これは愛の御霊を息吹き込むことであり、愛の実を結ぶ葡萄の木を植えることでした。新約全体にわたってこの愛の問題を追うなら、新約はまさに愛の契約であることがわかるでしょう。キリストの十字架は、宇宙のあらゆる憎しみ――人の憎しみやサタンの憎しみ――が一つになって溢れ出た場所であり、神が愛の限りを尽くしてそれを対処して打ち負かした場所です。この勝利が御名の中に具体化されているのです。キリストの御名を帯びている人で、他の人を憎むことのできる人はだれもいません。

 さらにどれだけ多くのものが、御名の中に込められていることでしょう!真理の力、信仰の勝利、さらに多くのものが込められています。それは実に、天においても、地においても、地獄においても、力ある御名です。聖霊は御名の意味、性質、内容をすべてご存じです。聖霊がこの御名を擁護して讃えるために到来された時、そして教会が聖霊の油塗りの下で生きて働いた時、「力強いこと」が御名の中で起こりました。

 御名の意義を新たに認識してその根本に立ち返り、御名を信じる信仰を回復するなら、当時と同じように今も、御名に効力のあることがわかるでしょう。しかし、御名の栄誉を求めて万事にあたる情熱がなければなりません――「これはイエスの御名に栄光を帰すものだろうか?」ということだけを考えて万事にあたる、ねたむほどのひたむきさがなければならないのです。

 ですから御名は、私たちの祈りや告白に付け足すべき、たんなる決まり文句ではありません。御名は力です。しかし、その力が現されるには、すべてが御名とその神聖な保持者の性格にふさわしいことが必要であり、そしてそれによって支配されることが必要です。私たちは御名を口にするかもしれませんが、スケワの七人の子たちに起きたように(使徒の働き十九章十四節)、悪の軍勢は私たちの方を向いて私たちを引き裂くかもしれません。なぜなら、彼らは当人を知らないからです。「イエスについては知っている。パウロについても知っている。だが、おまえは何者だ?」。御名は御霊の力の中で取り、用いなければなりません。そして、この力が見いだされるのは、曇りない喜びをもってイエスが真に現存される所以外にはありません。


オリーブ園クリスチャン古典ライブラリー 本館
オリーブ園クリスチャン古典ライブラリー 本館へ

コメント
トラックバック
トラックバックURL
コメントフォーム
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
全記事表示リンク
検索フォーム
個人のブログに関するリンク集
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

電子書籍
Glorious Secret
ジェシー・ペン-ルイス
「栄光の奥義」


The Cross of Christ
アンドリュー・マーレー
「キリストの十字架」


ランキングサイト
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 聖書・聖句へ

人気ブログランキングへ ブログランキング

ブログのまどランキングへ ブログ王へ

ブログランキング【くつろぐ】

QRコード
QR
カウンター

Page Top
Powered by FC2 Blog | | Template Design by スタンダード・デザインラボ