1.御性質の勝利

 ピリピ人への手紙二章九節によると、イエスはその謙遜、へりくだり、死に至るまでの従順に対する報いとして、「あらゆる名にまさる名」を与えられました。これは特に、汚れや傷のない御性質の勝利を表していました。彼は罪のないまま「だれもが受ける試み」(コリント人への第一の手紙十章十三節)をすべて通り、「傷のないご自身を神にささげ」(ヘブル人への手紙九章十四節)られました。この世、悪人、暗闇の力は、結託して彼を堕落させ、罠にかけ、彼の性格を汚そうとしました。しかし、「罪を知らない方が私たちのために罪とされ」(コリント人への第二の手紙五章二十一節)、「木の上で私たちの罪をご自分の身に負われた」(ペテロ第一の手紙二章二十四節)時でさえ、彼ご自身の霊はまっすぐで汚れのないままでした。この勝利は悪の軍勢の根拠を根本から断ち切りました。「この世の君が来」ましたが、彼の内に「何も持っていません」でした(ヨハネによる福音書十四章三十節)。御名は試みを受けて確証された聖さの化身です。ですから御名は、罪人が罪に打ち勝つための、そして信者がサタンと悪の軍勢に打ち勝つための、勝利の根拠であり手段なのです。

2.柔和さの勝利

 これは聖書の中で強調されている特徴です。よく使われている小羊という象徴の意味はこれです。柔和さの本質は私心のなさです。無抵抗で謙遜な公平さや素直さがそのしるしです。柔和さは、その霊的力と道徳的価値のゆえに、あらゆる徳の中で最も遠くまで及ぶものです。被造物と人が滅びに瀕している原因、人と神との間に隔てや不調和が生じた原因、宇宙に裂け目が生じた原因、罪と死というこの苦くて恐ろしい結果の原因、乱れた秩序に由来するあらゆる悲しみや苦しみは、すべてサタンのあの高ぶりのせいです。サタンは高ぶりのゆえに、自分の王座を「神の星々の上に」据えること、「いと高き者のように」なることを熱望しました(イザヤ書十四章十三、十四節)。そして、サタンは高い地位から投げ落とされたため、神の御業を破壊して、その御名を辱める陰謀を企てることを熱望するようになりました。この損傷を修復して、あの御名を擁護するという大仕事に取りかかろうとする人は、この邪悪なもの――高慢――の痕跡が自分の内に少しでもあってはなりません。その人はまさに、その正反対のものの化身でなければなりません。サタンの勝利に好都合な根拠が自分の内にあってはなりません。なぜなら、サタンはサタンを追い出すことができないからです(マルコによる福音書三章二十三節)。「彼はご自分を低くし」(ピリピ人への手紙二章八節)というこのささやかな句は、神の道徳的・霊的宇宙の中で最も強く、最も有効な力の一つについて述べています。

 ですから御名は、サタンを滅ぼすこの徳を表しており、それゆえ、聖霊の力の中で用いられる時のその効力を表しています。


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