3.国民のための小羊

 奇妙で独特な建物――ほとんどは衣でできていた――が幕屋として知られていた。それが建てられたのは神が御民の間に住むためであり、それがいと高き方の地上の住まいとなるためだった。それは神の恒久的・究極的計画ではなかった。それは恵みのオラトリオが展開する一つの面にすぎなかった。贖いの愛の交響曲の中の一つの神聖な楽章だったのである。

 その種は芽生えて、律法という茎が育ちつつあった。その中には、後年に啓示される奥義が隠されていた。幕屋として知られているこの奇妙な建物の中には、一つの小さな部屋があった。その部屋のことを人々は小声で話した。その部屋は主の栄光が聖なる箱の上にとどまる場所として知られていた。

 贖われたにもかかわらず、イスラエルの子らは人間であり、常に罪になびきやすかった。「七十の七倍赦しなさい」と弟子たちに命じられた神は、永遠の赦しを実践しておられた。絶えず、罪は贖われなければならなかった。絶えず、いけにえの供え物が主の御前に持ってこられなければならなかった。人のための小羊によって予表されたこの贖いの計画は、神の計画のその後の発展においても、予表通りだった。

 出エジプトの最初の日々はどれほど素晴らしかったことか!彼らはどれほど喜んで主の庭の中に入ったことか。どれほど賛美しつつ、彼らは聖所に上って行ったことか!贖いの日は大いなる日だった。その日は祭司――大祭司――が血を取って、それを憐みの座の上に振りかける日だった。大祭司は自分自身のために贖いをした後、民全体のために贖いをしなければならなかった。

 この光景を思い描いてみよ!聖所を祭司たちの目から遮る幕を通って、象徴的な祭服をすべて身にまとい、大祭司は血を携えつつ進んだ。彼は神の臨在そのものの中に入った。彼のどの歩みにも身代わりの教理が息づいていた。彼が呼吸する息は、どれも神聖な恵みを物語っていた。

 外では、「大祭司は永遠の神の恐ろしい臨在の中で命を失うのではないか」と心配しつつ、人々が待っていた。大祭司の衣の裾には黄金の鈴とザクロがついていた。大祭司が自分の職務を果たしつつ行動する時、その小さな鈴が鳴り響いた。「大祭司は生きているぞ」と人々は言った。「大祭司は生きているぞ」と彼らは叫んだ。「大祭司は生きている」と、この小さな喜ばしい鐘は鳴らした。染みの無い白色を背景として真紅の種を持つ、予型としての実り豊かなザクロを叩くとき、そのような音を鳴らしたのである。

 いけにえの義務から――然り――神の臨在そのものの中から、大祭司が出てきた。その血は受け入れられた。それは国民のための小羊だった。贖いがなされた。イスラエルの宿営の中には喜びがあった。天使たちは自分の竪琴を新たに鳴らして、ガラスの海の傍の聖歌隊席で神に賛美を歌ったにちがいない。


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