第二の園

 それで、御霊が早朝に私の心に語られた時、御霊は私を別の小さな門に導かれた。その門には「ゲッセマネ」という言葉が書かれていた。「しかし、私が求めたのはこれではありません!」と私は叫んだ。「私が求めたのは命、幸い、鳥の鳴き声、美しい花の香りです」。

 すると、私は偉大な真理を見た。その中を歩いて私の主と交わることを私が願っているあの園に通じる道は、入口に「ゲッセマネ」と記されているこの同じ小さな狭い門を常に通るのである。私の祝された主が、オリーブの木々の下で祈っているのを私は見た。主の疲れた頭を横たえることのできる人の胸はそこにはなかった。この園には眠っている人々が確かにいたが、彼らは、天がその日彼らの前に置いたこの機会に応じなかった。だから、一人で、私の主は冷たい無機質な岩の傍らで祈られた。主が歩んだ道は犠牲の道であり、その道は完全な自己放棄の場所に通じていた。その場所は完全な明け渡しと、自分の全ての願いが磔殺される孤独な所だった。

 私の友よ、あなたはこの園に行ったことがあるだろうか?あなたは人生の中で見出したのではないだろうか?エデンの栄光と純粋さと聖潔に少しでも戻りたいなら、まずゲッセマネの園の道を旅しなければならないのである。それは園ではない、とあなたは思うかもしれない。しかし、それは園である。あなたが夢見る園の見事な美しさはそれにはないかもしれないことを、私は承知している。しかし、それは同じように「園」なのである。

 一つのことは確かである。あなたが完全な明け渡しという隔絶された片隅で祈る時、邪魔されることはないだろう。その道を通る人々はほとんどいない。「ゲッセマネ」と記された門の鍵の上に置かれた人の手はほとんどない。仮に彼らの心が中に入ることを彼らに命じたとしても、彼らはおそらく、世俗と罪という近くの山々から響く騒々しい音楽を耳にして、人が顔と顔を合わせて神とまみえることのできるこの場所に背を向けるだろう。だから、早朝、私が御霊の中で交わった時、私は言った、「父よ、『私の意志ではなくあなたの意志がなされますように』と祈るのを助けて下さい」。あなたはこの祈りを祈れるだろうか?あなたの心はこの嘆願を主の御前ですることができるだろうか?


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