命の神秘

 ロサンゼルスの近くのグレンデールに「命の神秘」と称されている像がある。この像には、ある偉大な彫刻家の熟練した技によって、何人の代表的人物が配置されている。彼は冷たい大理石の中に、小さな赤ん坊から老人に至るまでの十八人の代表的人物を描いた。そこでは、この人物たちは命の神秘的な流れの周りに配置されており、この流れはこの彫刻の中心から流れ下る本物の水の川だった。

 一人の小さな少年が、卵からかえったばかりのヒヨコを手に持っている。その表情には「命ってなに?」という疑問が浮かんでいる。彼は疑問を抱きつつ年老いた祖母を見上げている。彼女の顔には、分からないという表情しか見られない。それから、そこには恋人たちがいて、彼らは自分たちの愛と親密さの中にその答えを見出したと信じ切っている!

 向こうに夢を見ている少女がいる。その夢の中で彼女は多くの宝を見出すが、自分の魂が抱える最大の問題に対する答えは見つからない。それからこちらには困惑した表情を浮かべた科学者がいる。彼のいかなる発見もこの神秘を解かなかったことを、彼は知っている。物質的益と人類の安寧に対する自分の偉大な貢献は、この永遠の問いに対する答えを知性や心にもたらしていないことを、彼は理解している。

 また向こうの方に学識ある哲学者と、自分たちの儀式的宗教を模索している修道僧と修道女がいる。しかし依然として、到達不可能に思われるものに向かって手を伸ばし、探求し、探し求めている。禁欲主義者が沈黙と畏怖と無力さのうちに座しており、その横には絶望の中にある無神論者がいる。

 しかし、この川は流れ続ける!この群れの誰もこの謎を解いていない。不思議に思うこの人々の誰もこの問いに答えられない。霊の中で、私は救い主がこの素晴らしい像に近づかれるのを見た。彼は釘で貫かれた両手を伸ばし、その優しい両目に天の愛の光をたたえつつ、この代表的人々の群れを御覧になった。私は彼が御言葉を語られるのを聞いた。その御言葉はすべての疑いを雲散霧消させ、あらゆる暗闇を消し去る言葉だった。悩んでいる各々の霊に、一条の天の光のように舞い降りた言葉だった。

 その答えが臨むのは、信条や、何らかの儀式的宗教に関する理解や、倫理的決まりを知的に理解することによるのではない。カルバリの十字架にかかって、そのような死により、虜とされている人類の解放者となられた御方の姿で臨むのである!

 われわれはわれわれの罪のための贖いとしての彼は喜んで受け入れるが、それでも、われわれの復活の命としての彼を受け入れるのを何と嫌がっていることか!彼がカルバリの十字架上の死によって実現されたこの偉大な取引を、われわれは神学的に信じている。彼がわれわれの罪を担われたことをわれわれは知っている。しかし、彼が御自分の命をわれわれに与えて下さったことを、われわれは十分に自覚しているだろうか?なぜわれわれはそれを受け入れようとしないのか?なぜわれわれは、われわれ自身の霊の中におられる彼を見出す代わりに、遠くから彼を礼拝しているのか?われわれの霊は、われわれがそれを知りさえするなら、彼が選ばれた住まいなのである!


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