新しい時代

 われわれは新しい時代の夜明けに生きている、という確信で私の霊は燃え盛っている。その時代に、われわれはキリストの力とその素晴らしい臨在の栄光との現われを経験する。世界的リバイバルが起きることは無い、と私は言っているのではない。罪の道と咎の大路から数百万の人々がキリストに勝ち取られることはない、と述べているのではない。私が言っているのは、キリストを愛して喜んでキリストに仕える人々の上に御霊が豊かに注がれて、彼御自身の預言の言葉が成就し、彼御自身が定めた神聖な計画が完成する、ということである。これらの事に大いに熱心になって、われわれの人間的努力や人間的方法を通して、われわれが夢見ている事柄を生じさせようとするのは、まったく自然なことである。

 われわれは幻を見ると、直ちに働き始める。しかし、決して忘れてはならない。権勢によらず、能力によらず、わが霊によって、と主は仰せられる!伝道者がリバイバルを生じさせようとしても、もしそれがその時代のための主の定めではなく、われわれの天の父の御旨でもないなら、無益である。われわれの人間的霊は、自分の霊的判断で熱狂の道を駆け去るのが常であり、遂にはわれわれの熱心がわれわれを食い尽くしてしまう!われわれは、忍耐強く主を待ち望む学課を学ばなければならない。行いを企てることよりも従うことの方が遥かに優っている!われわれが夢見ている諸々の結果や、すぐ先にあるとわれわれが信じている栄光をわれわれが経験するのは、われわれの努力やわれわれの労苦によるのではない。神御自身が定めた時に初めて実現するのである。われわれのなすべきことは、今日のための神の御旨を行って、神の素晴らしい臨在が神御自身の方法で神御自身の時に現わされるのを御前で忍耐強く待つことである!

 自分たちで励んで宗教的興奮や熱狂の状態の中に入ろうとしても無益である。御霊がその神聖な定めの場所にわれわれをもたらさない限り、われわれは主の日が来るまで、全く満足しつつ谷底で待とうではないか!全き明け渡しの代価を計算しようではないか。そして、その代価を喜んで払うつもりがあるなら、すべてを主の足下に置こうではないか。その時、われわれはイエスの新しい幻と共に出発して、カルバリと称されている素晴らしい丘を登り、われわれの祝された主の身代わりの死と苦難により自分自身も十字架に付けられていることを証しできるようになる!その時初めて、われわれは来るべき時代の途方もない可能性を見ることになるという永遠の事実を悟り、明日臨むかもしれない啓示を待ちつつ立つようになるのである。


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