明け渡された経路

 今日のわれわれの福音伝道は彼らのと比べると幼稚である。主の過去及び現在の御業を軽視するつもりはないが、私は次の事実に対して目を閉ざすことはできない。すなわち、初代教会における力の現われと、今日示されている力の現われとの間には、大きな違いがあるのである。彼らは明らかに、われわれが持っていない権威の御言葉によって武装されていた。ペテロが宮の門で足なえの男に、「私の持っているものをあなたにあげよう」と言った時、イエスの復活の命がその死すべき体を通して流れたので、その男は感電して即座に動いた。飛び跳ねて叫びながら、彼は使徒たちに続いて宮の中に入った。その間ずっと、彼は神への賛美を告げた!使徒行伝は、結局のところ、聖霊行伝であり、これを読んで、主が彼らの中で、また彼らを通して行われた素晴らしいことを見る時、霊の中で高揚せずにはいられない。この秘訣は完全に、もちろん、慰め主が彼らの中に住んでいることだった。彼らは、それを通して聖霊が働く経路にすぎなかった。彼らは聖霊の導きに明け渡しており、聖霊の導きに従ったのである。

 彼らは或る力を受けて、その力により、自分の力で諸々の奇跡を成し遂げることができた、と一瞬でも信じる人は誰もいない。彼らが話す時、聖霊が彼らを通して話していたのである!彼らが働く時、聖霊が彼らの中で働いていたのである!力が現れる時、それは内住している御方の力だったのである!彼らはそれを他の誰にも帰さなかった。また、熱狂者たちが彼らの偉大さや敬虔さについて何を言おうとも、彼らはそれを否定した。彼らに与えられたイエスの御名は、鍵のかかった扉を開き、暗闇を除き去り、健康を回復するための呪文の一種として用いるべき単なる常套手段ではなかった。彼らがイエスの御名を用いるとき、そこには御名の意味以上のものがあった。彼らが力を受けたのは、聖霊によって事を行うためではなく、聖霊と共に事を行うためだった。務めは聖霊のものであり、彼らは、それを通してこの務めが現わされる媒体に過ぎなかった、もう一度言おう。絶対的明け渡しとわれわれの祝された主の御旨に対する完全な献身の地点に至りたい、という誠実な願いが人々の間でますます深まっていることに、私は注目してきた!この願いの結果、内住している聖霊の臨在をますますはっきりと認識するようになりつつあるし、それに伴って、自分たちは栄光の黙示録――その光はすでに東の山々を照らしている――に向かって旅しているという確証が明確になりつつある!「あなたの王国が来ますように!」というイエスの祈りは空しい祈りではない。私を信じて欲しい、王国が来ようとしているのである!地獄の全軍勢もそれを止めることはできない。キリストは敗北していない。彼は依然として御座に着いておられ、幾世紀ものあいだ御自身に反対してきた地上と悪魔のすべての力に対して究極的勝利者となられるのである。


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