神を見つめる

 私の友よ、私はあなたに保証する。イエスが山上の垂訓で神を見る可能性について語られた時、彼が述べておられたのは、旅の日々が終わって彼岸の真珠の門に着く時にわれわれを待っている輝かしい経験のことではない。彼が述べておられたのは、この今の世で人が神を見る可能性である。それは、雲が消え去って人生の霧が晴れる時、われわれは永遠の国で御父の御顔を見ることになる、という約束ではない。彼が言わんとされたのは、われわれは誤解という雲の中でも神の御顔を見ることができるのであり、人間的困惑と言う霧の中でも神の目を見ることができる、ということである。われわれは今ここで神を見るべきだったのである!

 われわれが主を見る時だけ、次のことが完全に明らかになって人生が輝くようになる。すなわち、神がおられること、そして、神を勤勉に求める者に神は報いて下さる、ということである!神を神学的に知ることと、神と経験的に親しむこととは別の問題であり、後者の方が遥かに優っている!この至福の約束を先伸ばしにしてはならない。また、これを経験する可能性を、川の彼岸でキリストに似た者となって目覚めることをあなたが願っている遠く離れた未来のことにしてはならない。

 あなたは今ここで神を見ることができる!この今の世でわれわれが御子との交わりの中に入ることを、神は望んでおられる。彼はあなたや私において御自身を現わすことを待っておられる。われわれの明け渡された存在が、それを通して彼の栄光、臨在、御力の抗し難い力がこの世に対して現れる媒体となるまで、彼は待っておられるのである!

 この至福は空の彼方の国とは全く関係ない!今の生活と関係しているのである!「彼処では」すべての人が「心の清い」者となり、救い主がこのような説教をする必要はなくなる。

 われわれの現代の教会が抱えている困難の一つは、今日可能な経験を未来のものとすることにわれわれが固執していることである!神の現在を人の未来に転じることは、何という聖書の歪曲だろう!「なぜなら、天の王国は彼らのものだからです」という句をイエスが使われた時、彼は「なぜなら、天の王国は彼らのものになるでしょう」とは言わなかった。彼は現在時制を使われたのであり、それにより、これを無限のものとして、代々にわたって絶えず有効なものとされたのである!


オリーブ園クリスチャン古典ライブラリー 本館
オリーブ園クリスチャン古典ライブラリー 本館へ

コメント
トラックバック
トラックバックURL
コメントフォーム
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール
カレンダー
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
全記事表示リンク
検索フォーム
個人のブログに関するリンク集
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

電子書籍
Glorious Secret
ジェシー・ペン-ルイス
「栄光の奥義」


The Cross of Christ
アンドリュー・マーレー
「キリストの十字架」


ランキングサイト
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 聖書・聖句へ

人気ブログランキングへ ブログランキング

ブログのまどランキングへ ブログ王へ

ブログランキング【くつろぐ】

QRコード
QR
カウンター

Page Top
Powered by FC2 Blog | | Template Design by スタンダード・デザインラボ