「幸いなるかな、心の清い者たち。彼らは神を見るからです。」(マタイ五・八)


 われわれの祝された主の地上生涯の間、主はとても奇妙なことをいくつかなさったように思われた。事実、型破りで独特であることが主には常のことだった。主は人々の伝統に屈することを拒まれた。そして一度ならず、御自分の世代や時代の確立されたしきたりを全く無視された。

 この現代において、われわれは新聞広告や、それに似た極めて目立つ人目を引く方法で群衆に手を差し伸べるために、途方もない額の金銭を費やしている。われわれは「人々を呼び込む」魅力的な主題を夜を徹して考える。そして、一般的に、現代の福音説教者は自分の成功の度合いを自分の会衆の大きさで測る。その標語は「大衆への宣べ伝えを実現するためなら、何でも利用する」であるように思われる。他方、われわれの中にはハリウッドに行って、集会を形容するための誇張表現を拝借する者もいる。

 群衆が集まることが、必ずしも悪いわけではない。会衆の数が大きければ大きいほど、それに伴って、十字架の物語を人々の心に伝える機会も大きくなる。しかし、われわれが真面目に考えなければならないのは、なぜわれわれは群衆を求めるのか、なぜ群衆がやって来るのか、ということである。

 イエスは成功を統計で測ることは決してなさらなかった。天の力を人の数で計算することはできない。主が遥かに気にかけておられるのは、人の心の中に愛と信仰がさらに増すことであり、建物の後ろに椅子がいくつか増えることではない!


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