神の知恵

 しかし、神の知恵であり、肉身を取った神の御言葉であるイエスが来られた時、ユダヤ人と異邦人は結託して彼を拒絶し、超自然的啓示という思想を否定した。天然の人の心は神から遠いだけでなく、その知性もまた暗くされていることを、われわれは見い出す。イエスは神の啓示者だっただけではない。その方を通して人が神聖な御父と交わることが可能になる唯一の御方でもあった。世の光である彼御自身の直接的御業によって、暗くされた知性を照らされない限り、主を理解することも、彼を正しく知ることも不可能である!

 私の友よ、これについて考えよ!われわれ人間が永遠にいます方の御前に行って、子供が地上の父親と交わるように神と交わることができるとは、驚異中の驚異、不思議中の不思議ではないだろうか?われわれは霊的会話をすることができる。この会話により、われわれは高く上げられて、あらゆる疑いや恐れを超越する。そして、この世を遥かに超越した領域にもたらされる。そのため、世的な人々を悩ます困難や問題は、心と知性と生活に対する力を失う。これは空しい夢ではない。霊感された御言葉が明確にはっきりと述べていることである。また、今日地の面にいる数千の人々が経験していることである。

 パウロはこの偉大な霊的現実の「発見者」ではなく、それに与る者だった!イエス御自身が、神との心を通わせた交わりという輝かしい可能性について、われわれに語られた。そしてパウロは、何の曖昧さや疑いや恐れ等を抱くことなく、直ちにこの経験の核心の中に進み入った。ダマスコ路の土埃の中で驚くべき回心をしたとき、彼は神と語り、神は彼と語られた。その時以降、疑問はすべて解けて、彼はそれを事実として受け入れたのである。

 もし彼がこの不信と背教の恐ろしい時代に生きていたなら、主イエス・キリストの教会に属していて御名を告白しているにもかかわらず、この輝かしい特権の可能性を否定して、「自分には御父の御声が聞こえる」と告白している人々を大いに嘲っている群衆を見て、驚くだろうと思う。


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