主の命令

 われわれが自分自身の理解力と自分の決意とを用いて、すべての真理をわれわれの知性というひき臼にかけることに固執したため、神は強いものを狼狽させるために弱いものを選ばれた。いかなる肉も御前で決して誇ってはならない!教育を受けた肉といえども誇ってはならない。啓蒙された肉といえども誇ってはならない!あなたがどれほど肉を着飾らせても、肉は依然として肉である!肉は去らなければならない。主が内側で統治・支配しなければならない。われわれが義とされるのは、義とする方が支配なさるからである。われわれは受け入れられ、買い取られ、贖われた!主がわれわれを買い取って下さったのである!われわれは主のものである!それならどうしてわれわれは、自分の弱さを覚えつつ、また、主が共にいて下さらなければ実に無力であることを覚えつつ、御許に行って、「主よ、私はあなたのものです!私の欠点や失敗をすべて抱えたまま、私はあなたに明け渡します!私はあなたのものです、ああ、主よ!内側で統治・支配して下さい!」と言わないのか。その時、主の恵みにより、この取り引きがなされる。われわれの制約の代わりに主の無限の供給を得る!われわれの意志に代えて主の意志を得る。われわれの道の代わりに主の道を得る。われわれの命の代わりに主の命を得る。キリストがすべてのすべてとなられる!このような明け渡しがなされる時、「どうしてあの連中は諸々の誘いを受けないのだろう?」とこの世はいぶかる。われわれはもはや人々に誘われても動かない。主の命令で動くのである!主が導かれる所に、われわれは従う。主の導き無しに出かけることは敗北を意味する。その中にどれほど熱意を注いだとしても、それがどれほど正しく思われたとしても、それをするのは敗北である。われわれは征服できない。主だけが征服者だからである!主がわれわれを通して征服する前に、主はまずわれわれを征服しなければならない!主の永遠の計画を進展させる上で、これは何と輝かしい取り引きだろう。

 忍耐の創始者である御方がわれわれの内側を歩まれない限り、われわれは決して自分の器を忍耐の内に保てない。来たれ、祝された主イエスよ、汝の王笏と共に来て、われわれの心の中で統治・支配せよ!われわれを汝の従順な僕とせよ!われわれの中に又われわれを通して、汝の御旨の啓示を息吹き込め!あの信仰をわれわれに注入せよ。あの信仰は理由を問わない信仰であり、御子が御父に対して、また、御父が御子に対して抱いておられる信仰と同じ信仰である。その時、主がわれわれに賜るこの信仰、主がわれわれの内に据えるこの信仰が、主に対するわれわれの信仰となる。死が近いように思われた時、ある神の子は、「そうです、あなたが来て私を連れて行かれるなら、私は喜んで死にます。しかし、私は決してこの体を悪魔には渡しません。これはあなたの宮だからです!」と祈った。まさにそうである!われわれは神の宮なのである!御父の御旨はわれわれの内に住むことである!御子の死を通して、再生の洗いによってわれわれを清めた後、われわれは御子の中におり、御子はわれわれの中におられるようになるほど、われわれは堅く結ばれる。そのため、御父がわれわれを御覧になる時、御父には御子しか見えないのである!われわれは御子の義を着せられる。われわれは御子の信仰を持つ者たちである。


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