「私の忍耐の言葉をあなたは守ったから、私も、地上に住む者たちを試すために、全世界に臨もうとしている誘惑の時に、あなたたちを守る」(黙示録三・十)。

 このとてつもない時代、何という暗闇が地の表を覆っていることか!それは、無限の騒乱の中で逆巻いては砕け続ける大海のざわめきのようである。この海には何の目的もないように思われる。決められた境界の中に閉じ込められているが、それでも、せわしく呻き、逆巻き、唸っている。まるで解放を求めて叫んでいるかのようである!今日、地の表を覆っているこの混乱は、国々の中で肉が勃興したことによって引き起こされた。この者たちは地の表の主権を望んでいる。多くの人々の心の中にわれわれが見出すこの精神は、国家的企てや集団的活動の中に何度も何度も繰り返し現れる。誰も支配されることを望んでおらず、皆が支配することを望んでいる。基本的人権は、人と経済、思想と組織の紛争において、ほとんど何の役割も果たしていないように思われる。大国がチェス盤に居座り、キングやクイーンを動かしてゲームに勝とうとしている。しかし、ちっぽけな人はポーンに過ぎず、ゲームの進行と共にチェス盤から押し出されてしまう。唯一残った主権は肉の主権だけのように思われる。他方、昔イスラエルの子らに向かって空しく叫んだ御声が今もなお空しく呼ばわっており、この不幸な地上にいる人類というせわしなく動いている海に向かって現れるだろう。

 人はキリストの頭首権よりも蛇の尻尾との合一を選んだ!どんな思想の大路を旅したとしても、それはみな、あの不可抗力な究極的結末にわれわれを導く。それは政治の領域の大路かもしれない。経済の王国の大路かもしれない。政治的手腕の大路かもしれない。国際関係の大路かもしれない。この道の終点は、必然的にわれわれを、常に同じ結末に導く。それは外面的にとても悲しい光景であることに、微塵も疑いの余地はない。

 申命記二十八・十三、十四は告げる。「主はあなたをかしらとならせ、尾とはならせない。あなたは上位になって、下位にはならない。今日、私があなたに命じる、あなたの神である主の戒めに耳を傾けて、これを守り行うなら、あなたは必ずこのようになる。今日、私があなたに命じるこの全ての言葉から離れて右や左に逸れ、他の神々に従い、それに仕えてはならない」。

 どんな状況、環境、人の陰謀が重なったとしても、われわれの天の父の御旨がその子らを通して成就される邪魔をすることはできない。文明が自己保存のために最後のあがきで衝突したとしても、私の主は落ちた石を拾って、御自身が隅のかしら石となられる。そして、堕落・破綻した人類を再建して、御自身が創造した一つの建造物とならせる!神は自立しておられる!人に依存されない!王たちの助けは全く不要である。神の力は、どんな分野や国の政治家の助けにもよらない。神こそ支配者である!神の主権がまもなく全地にわたって示されるのである!


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