キリストの血によりわれわれは買い取られた

 使徒二十・二十八「ですから、あなたたち自身に気をつけ、また、すべての群れに気を配って下さい。聖霊は、神が御自身の血で買い取られた神の教会を養うために、あなたたちをその群れの監督者とされたのです」。これは長老たちに対するパウロの警告である。これは福音の奉仕者たちに対する命令であり、聖霊のすべての権威と力をもって与えられた。奉仕者の顧みに委ねられたこの群れは、決してその人の群れではなかった。私はかつて、「私の群れ」「私の人々」について大いに話し始めた人を遮った。「しかし、彼らはあなたの民ではありません」と私は宣言した。「あなたの群れでもありません」。彼らは神の民であること、そして、良き羊飼いの群れであることを、私は彼に告げた。このような思想により、われわれは自分の責任を感じてしかるべきである。私が今しがたあなたたちに与えたこの聖書の節では、神の摂理により、聖霊は彼らをイエス・キリストに属する群れの監督とされたことを、パウロは奉仕者たちに思い出させている。奉仕者が彼らを買い取ったのか?もしそうなら、彼らのためにどんな代価を払ったのか?このような思想は理性の領域外である。私の兄弟である奉仕者よ、次にあなたの講壇に立つ時は、あなたの教会の人々の顔を見つめて、「この人々はイエスが御自身の尊い血をもって買い取られた人々である」と自分に言い聞かせよ。これにより、あなたは自分の地位の途方もない責任を感じてしかるべきである。

キリストの血はわれわれを贖った

 黙示録五・九「そして彼らは新しい歌を歌って言った。『あなたはその書を受け取って、封印を解くのにふさわしい御方です。なぜなら、あなたは屠られて、あなたの血によって、あらゆる部族、国語、民族、国民の中から、私たちを贖って神にもたらして下さったからです』」。贖いは買い戻すこと――再び買うことを意味する。この御言葉は輝かしい驚くべき幻をわれわれに見せる。四つの生き物と、天の小羊の前で顔を伏せている二十四人の長老の幻である。この天の小羊はカルバリの小羊に他ならない。彼らは金の竪琴をかき鳴らして、聖徒たちの祈りで満たされた金の鉢を主の前に差し出した。これらの祈りは主の御前で甘い香りの香料のようだった、と御言葉は述べている。それから、贖われた感激のゆえに、彼らは歌いだした。輝かしい賛歌で、「主こそふさわしい御方です。屠られたのは主だったからです」と彼らは宣言した。自分たちを贖ったのは、主が犠牲になって死なれた時に流された血だったことを、彼らは断言した。この血は彼らを贖っただけでなく、あらゆる時代、あらゆる国の神の聖徒たちをも贖った。今日、この節を読んだ後で、どうして多くの人々が「自分たちには血による贖いは必要ない」とあえて言えるのか、私には理解できない。イエス・キリストの血による贖いの真理を見落とす、哀れなさまよえる魂は、何と盲目なことか。ハレルヤ!キリストはその血によってわれわれを贖って下さったのである!


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