エリシャがドタンにいた時、彼の僕が彼と一緒に彼の仮庵の中にいたという聖書の記録を、あなたたちは思い出さないだろうか?二人の人が同じ仮庵の中にいたが、それでも彼らは遠く隔たっていた。二人は同じ仮庵から外を見て、一人は火の馬を見たが、もう一人は肉体の馬を見た。一人は信仰に満たされていたが、もう一人は恐れに満たされていた。なぜか?一人は肉体の目で見ることができるだけだったが、もう一人は御霊の目で見ていたからである。自分の僕が恐れおののいていたために、エリシャがどのように少しイラついたのか、あなたは思い出さないだろうか?彼はその僕を椅子に座らせて、彼と議論し、説得しようとすることもできた。しかし、議論を尽くしたとしても、僕の心から恐れを除くことは決してできなかっただろう。その代わりに、「主よ、彼の目を開いて、見えるようにして下さい」と彼は祈った。神はその祈りをかなえられた。すると、その僕は頭をその仮庵から突き出して、飛び跳ね、「ハレルヤ、神に栄光あれ!山々は火の馬と火の戦車でいっぱいだ。万軍の主がわれらと共におられる。ヤコブの神はわれらの避け所である」と叫んだのである。

 私の友よ、これが今晩わたしがあなたたちのために祈っていることである。あなたたちの目を開いて見えるようにして下さい、と私は神に求めている。少し前に、あなたたちはこう歌った。

「完全な服従、完全な喜び、
 携え挙げの幻が、今や私の視界を満たす。
 天使たちが下って来て、天より
 憐みのこだまと愛の囁きとをもたらす。」


 この詩歌を歌っていたとき、あなたたちの半数は自分が何について歌っているのか分かっていなかった。誰がこの詩歌を書いたのか、あなたたちは知っているだろうか?盲目のアメリカ人詩歌作者のファニー・クロスビーである。然り、私の友よ、彼女は盲目だった。しかし、あなたたちの中には「自分は素晴らしい視力を持っている」と主張している人々もいるが、そのような人々が決して見たことのないものを彼女は見ることができた。あなたたちの中には標識や劇場や懸賞戦を見ることのできる人もいるが、ファニー・クロスビーが述べていたのは「携え挙げの幻」である。にもかかわらず、あなたたちは私に「彼女は盲目だった」と言う。否、私はあなたたちに告げる。あなたたちの方こそ盲目なのだ。あなたたちが見失っているものを思うと、私の心は痛む。あなたたちが決して見たことのない、御霊の目によってのみ判別できる現実を考えると、私は打ちのめされる。あなたたちを捕らえてきた恐るべき物質主義から、神があなたたち全員を解き放って下さるよう、私は神に願う。そして、あの祝された慰め主、真理の偉大な啓示者が、あなたたちの内なる心に語って下さるよう、私は願う。


オリーブ園クリスチャン古典ライブラリー 本館
オリーブ園クリスチャン古典ライブラリー 本館へ

コメント
トラックバック
トラックバックURL
コメントフォーム
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
全記事表示リンク
検索フォーム
個人のブログに関するリンク集
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

電子書籍
Glorious Secret
ジェシー・ペン-ルイス
「栄光の奥義」


The Cross of Christ
アンドリュー・マーレー
「キリストの十字架」


ランキングサイト
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 聖書・聖句へ

人気ブログランキングへ ブログランキング

ブログのまどランキングへ ブログ王へ

ブログランキング【くつろぐ】

QRコード
QR
カウンター

Page Top
Powered by FC2 Blog | | Template Design by スタンダード・デザインラボ