これは幻である。然り、天の幻である。地の塵から金で舗装された通りへと至るはしごの幻である。われわれは開かれた墓の傍らに立ってはいるが、それはイエスの御腕の中で安らかな、われわれの愛する者たちの幻である。われわれの背は重い十字架の重しの下でたわんではいるが、それは栄光の世界の陽光の中で輝き煌めいている冠の幻である。私はあなたに尋ねる。これは非聖書的だろうか?神の御言葉はこれを告げてこなかっただろうか?主の使徒たちはこれを約束しなかっただろうか?現代の黙示録、死すべき人の目から隠されている真理の啓示は、もうありえないのだろうか?私の親愛なる友よ、もしあなたたちが天の音楽を一度も聞いたことがないなら、私はあなたたちが気の毒である。もしあなたたちが自分の肉体の目では決して見えない事柄を御霊の目で一度も見たことがないなら、私はあなたたちに懇願する。跪いて、祈りに祈れ。恵みの手段を無視してきたせいで、あなたたちクリスチャンは何という祝福を逃してきたことか。神はあなたたちにあるものを与えることを願っておられたのに、あまりにも忙しくてそれに手を伸ばして受け取らなかったことが、あなたたちの人生に何回あったことか。人生の巡礼の旅路で、神は天の歌をあなたたちに歌うことを願っておられたのに、あなたたちはこの古びた物質世界のジャズ音楽を聞くのに忙しかったことが、どれだけしばしばあったことか。私はあなたたちに告げる。今晩この大観衆の中にいるわれわれは一人残らず、神の恵みの富の大多数を逃してきたのである。それは、われわれが時に属する事柄で占有されていたからである。目はあっても見えない人々で、この世は満ちている。知性はあっても理解できない人々で、この幕屋は満ちている。私は今、耳はあっても聞こえない人々に向かって話している。「私たちがほしいのは事実、事実、事実です」とあなたたちは私に言う。私の前にあるこの講壇が木でできていることは事実である。あなたたちはそれを信じている。あなたたちはこれを見ることができるし、理解することもできる。私の頭の上にあるこれらの電球がガラスとフィラメントでできているのは事実である。あなたたちはこれを理解し、頷いて承認することができる。しかし、私があなたたちに幻について、あなたたちに語りかける神の御声について、偉大な教師であり全ての真理の啓示者である聖霊について話すと、あなたたちはすぐに戸惑いの表情を浮かべる。「私には分からない」と心の中で言う人もいる。私の友よ、私はあなたたちに言う。あなたたちは知ることができる。ハレルヤ、あなたたちは知ることができるのである。物質的事実と同じくらい、あるいは確かにそれ以上偉大な霊的事実が存在する。然り、私はあなたたちに告げる。霊的事実はさらに偉大なのである。今晩、身の回りに見えるものがすべて消え去ったとしても、激しい熱で物質がすべて溶け去ったとしても、霊の事柄や見えない事柄は残る。私は神に祈る。どうか神があなたたちの目を開いて下さり、あなたたちがこの真理を見ることができますように。


オリーブ園クリスチャン古典ライブラリー 本館
オリーブ園クリスチャン古典ライブラリー 本館へ

コメント
トラックバック
トラックバックURL
コメントフォーム
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
全記事表示リンク
検索フォーム
個人のブログに関するリンク集
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

電子書籍
Glorious Secret
ジェシー・ペン-ルイス
「栄光の奥義」


The Cross of Christ
アンドリュー・マーレー
「キリストの十字架」


ランキングサイト
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 聖書・聖句へ

人気ブログランキングへ ブログランキング

ブログのまどランキングへ ブログ王へ

ブログランキング【くつろぐ】

QRコード
QR
カウンター

Page Top
Powered by FC2 Blog | | Template Design by スタンダード・デザインラボ