さらに豊かな道

 この神聖な系譜――律法の言葉、御霊、そして今や実体――が絶えず前進するのをわれわれは見てきた。律法の言葉は確かに弱かった。実に、一度ならず、イエスは律法を脇にやって、「モーセはあなたたちにこう言ったが、私はあなたたちに言う……」云々と言われた。これが、彼が生きていた時代の宗教家たちに対して、彼が抱えていた問題だった。彼らは過去の伝統にしがみついていた。来ては過ぎ去って行くものを維持していた。

 バプテスマのヨハネがやって来た時、彼は新しい日の出の到来を告げた!新しい朝の夜明けを告げていた!新しい光が世界の上に昇ろうとしていた!それは先立つものをすべて無効にするものではなかったが、それを上回ることは確かだった。ヨハネは荒野で叫ぶ声であり、われわれの受肉した主の来臨を告げていた。この御方は御父の明確なかたちであり、恵みと真理に満ちていた!しかし、彼らはこの新しいものを恐れた。これを欲しなかった。そして、これを欲しないがゆえに、主を拒絶した。もし主の来臨の目的が過去の出来事を承認することだけだったなら、もし主が彼らの伝統や正説という偶像を粉砕する聖像破壊者になることを拒んでいたなら、彼はどれほど違った仕方で受け入れられたことだろう。もし主が剣を持って来ていたなら、彼らは腕を広げて主を受け入れていたかもしれない。

 彼らが「私たちは私たちの父祖アブラハムから出ている」と言った時、主は彼らを見つめて、「あなたたちはあなたたちの父である悪魔から出ている」と言われた。さて、主はアブラハムのことを悪魔と呼んでいるのではない。アブラハムを信じる彼らの空しい信仰は、決して、彼らのあいだにいかなる変革ももたらさない、という事実を主は確認しておられたのである。イエスは言われた、「もしあなたたちがアブラハムの子孫なら、アブラハムの業をするはずである。しかし、あなたたちはあなたたちの父の業を行っている。あなたたちはあなたたちの父である悪魔から出ており、あなたたちの父の願望を行おうとしている」。罪なき命の全き麗しさの中にあるイエスがあなたには見えないだろうか?人なる伝達者としての彼があなたには見えないだろうか?この御方を通して、神の恵みと栄光の抗し難い力が流れる。そして、その前進する流れを妨げる疑いという邪魔物や、恐れや心配という妨害はそこには無いのである。


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