隠された宝

 イエスの教えの中にこの宝がどれほどたびたび隠されているのかにあなたは気づいているだろうか?われわれが探しているものは常に明らかだとは限らない。見つけ出すまで探さなければならない!最初に啓示の光を受けた所でこの高価な真珠に至って拾い上げることのできる人は誰もいない。アブラハムのように、自分が住んでいた所から出て行って、どこに導かれるのかわからなくても喜んで進むほどに神に信頼しなければならない。この道は常に肉から――われわれの卑しい性質から――物質的なものから、知性や「文化」からさえも遠ざかる道である。

 再生されていない人は自分の文化によって自分を飾り立てて、外面的な覆いで自分の内に依然として存在する腐敗を隠そうとしてきた。これをすっかり忘れて、これらの言葉を自分にあてはめるとは何たる高ぶりか!神は霊だから、神を礼拝する者は霊と真理の中で礼拝しなければならない。

 カルバリを通り抜けて、上に向かって伸びるわれわれの魂の門――この門は御霊の領域へと伸びている――を開かない限り、神を知ることはできない。この領域、この圏内でのみ、人は永遠なる御方と顔と顔を合わせてまみえることができる!ああ、人よ、再生されていない人よ、肉から生まれただけの人よ、決してあなたは御霊の領域に入れない!準備に一千万年費やしたとしても、神の聖い臨在の中に一瞬たりとも入れない!あなたは再生されなければならないのである!

 肉の人が決して入れない領域、御霊の人だけが入れる領域がある。新創造にならなければならない!上から生まれなければならない!神から生まれなければならない!再生されて永遠なる御方の子とならなければならない!再生されて嗣業を受けなければならない。この嗣業はとても莫大で限りないため、それはわれわれの儚い想像を圧倒する。それを微かに知ることですら、御霊の領域の中に入ることが必要である。これはみな何と偉大で素晴らしいことか。御霊から生まれるとき、われわれは霊の現実を判別できるようになる!その所でわれわれは自分の体を生きた供え物として神に献げることができる。そしてその所でわれわれは霊の交わりを享受することができる。「あなたたちもまた、生ける石として、霊の家に建て上げられて、聖なる祭司団となり、イエス・キリストによって神に受け入れられる霊のいけにえを捧げなさい」(一ペテロ二・五)。


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