神の永遠の御旨

 しかし、これにはすべてある目的がある。それにはすべてある深い霊的意義がある。二十二節は、われわれが共に組み合わされるのは神がわれわれの内に住むためである、とわれわれに告げている。われわれが共に建造されるのは「御霊による神の住まい」へと至るためである、とそれは宣言している。だからわれわれは理解するべきである。この結果を生じさせるのは、神によるわれわれの働きではなく、われわれによる神の働きなのである。これは神による人の力ではない。人による神の力である。かつて私は神を用いようとしたが、今では神が私を用いておられる。イエスの御心の大きな苦しみは人々の魂を救うためだった。人々の魂を救うために、彼は王座を去って、ベツレヘムの馬槽にお生まれになった。人々の魂を救うために、彼はガリラヤ湖の畔や、ユダヤやサマリヤの小村や村や町で宣べ伝え、教えられた。彼はポンテオ・ピラトの裁きの間で暴徒に直面された。それは彼が人々の魂を救うためだった。彼はどくろの形をした丘の頂で二人の強盗の間に架けられた。それは人々が救われるためだった。当時、彼の御心の苦しみは、魂、魂、魂のためだった。われわれが生きているこの時代の彼の御心の苦しみも、人々が救われるためである。

 ペンテコステの日に聖霊が来臨された第一の目的は、弟子たちの心を喜びで満たすことではなかった。聖霊の来臨は、この人々の小さな群れに神の臨在の全ての力を賦与するためだった。主は彼らに「あなたたちは力を受けます」と約束された。何のための力か?感情のための力か?いや、そうではない。気分を良くするための力か?そんなことがありえるだろうか?それだけだろうか?断じて否!あなたの気分は良くなるだろう。主を賛美せよ!あなたの感情は掻き立てられ、天的興奮の波があなたの最も深い部分に打ち寄せるだろう。しかし、聖霊来臨の目的はこれではない!「あなたたちは私の証人、代表者、大使となります。全世界に出て行って、すべての造られた者に福音を宣べ伝えなさい。信じる者たちには諸々のしるしが伴います」という主の御言葉がクラリオンの音のように鳴り響くのが、私にははっきりと聞こえる。何のためのしるしか?弟子たちの力のためのしるしか?否、私の友よ、神の御霊の臨在のしるしである。主が彼らの間におられることを、疑いの余地が全くないほど証明するしるしである。悪魔どもを追い出すこと、新しい舌で語ること、病人を癒すこと、死者をよみがえらせることは、臨在を示す強力な素晴らしい神のしるしである。これらは御力の現れであるべきであり、御力は臨在から離れて受け取ってはならなかったのである。


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