イエスがユダヤのベツレヘムに生まれる前、古の敬虔な人々は書き記された御言葉に目を向けた。選ばれた少数の人に神が超自然的な方法で御自身を啓示されたのは、彼らが霊感された聖書を記して、他の人々がこのように与えられた書き記された御言葉を読んで、その光によって歩むためだった。御言葉が肉体となって、われわれの間に宿る日がやって来た!書き記された御言葉が神の御思いだったように、生ける御言葉はこの御思いの化身となった。この御思いは、受肉の奇跡を通して、われわれの主であり救い主であるイエス・キリストにあって表されたのである!

 こういうわけで、イエスから発せられたすべての感動的な決定的御言葉は次の真理に満ちている。「私が来たのは彼らが命を持つためであり、それを豊かに持つためです」(ヨハネ十・十)。彼が語られた御言葉は霊であり命だった!彼は「世に来た、全ての人を照らす光」(ヨハネ一・九)だった。なぜなら、「神は光であって、神の中に暗闇は全くない」(一ヨハネ一・五)からである。また、彼に従う者は暗闇の中を歩くことがなく、命の光を持つからである!

 われわれは彼が語られた御言葉を読んで、それを麗しいと見なしてきた!彼がなさったことについて読んで、それを素晴らしいと述べてきた!われわれはそうしてきた――しかし、ああ、われわれの目が神が定められた彼の務めの目的を見ることができますように。そして、彼の贖う恵みの豊かさをわれわれの心に抱くことができますように!この生ける御言葉――肉体となった御言葉――の啓示する光が無ければ、書き記された御言葉を正しく読むことは決してできない。かつてわれわれの間に住むために来られた御言葉は、今やわれわれの内に宿るために来ておられるのである!

 永遠の歴史の中で神が超自然の――無限で永遠の――領域の四隅に御手を伸ばされたあの日は、われわれにとって何と幸いな日だったことか。その日神は、栄光と恵みと愛と憐れみとまことをすべて一つにまとめて、受肉の奇跡により、それを一人の処女の母親の両腕の中にピンクの産着に包んで託して、その名をイエスと呼ばれた。彼は失われた世をその諸々の罪から救うことになっていたからである!


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