つい先日、ある奉仕者が信仰とは何かを説明するのを私は聞いた。彼が言うには、信仰はわれわれの生活のあらゆる面を伸ばすのに必要な要素だという。これに私は同意する――いずれにせよ、ある程度までだが。われわれが路面電車に乗る時、われわれは信仰を行使している、と彼は言った。われわれは電車を信じており、運転手を信じており、線路に沿って乗り物を進ませる力を信じているというのである。

 彼はわれわれの日常生活に関連する多くのものについて述べて、自分が述べたことはわれわれの信仰の現れであることを支持する、多くの家庭的な例を用いた。彼はこう質問して締めくくった、「もし私たちが運転手を信じているとするなら、私たちは神を信じるべきではないでしょうか?」。

 彼が述べた信仰は全く新約聖書の信仰ではなかった。それに関係してすらいなかった。イエスが語られた「山を移す信仰」は「運転手を信じる信仰」が成長したものであると言うことは、私には馬鹿げたことである。この世が「信仰」と解釈している精神をあなたがどれほど養い育んでも、それはイエスが遠い昔に紹介された信仰へと成長することは決してない。正直になろうではないか!われわれもまた、まさにそれをしようとしてきたのではないだろうか?


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