聖職者の娘

 あなたがイエスを信じる時――この場合は別である!あなたが彼の臨在と約束、彼の力、彼の恵み、彼の力強さを信じる時、あなたは勝利の大路を行進しており、かなえられた祈りという丘々に向かっている。あなたは減少し、彼は増し加わらなければならない。自己が少なければ少ないほど、彼はますます増し加わる。自己の命が自己の精神と高ぶりと共に十字架に付けられれば付けられるほど、ますます彼の命の復活の光はあなたの魂と体に力と健康を分け与える。

 私が決して忘れないだろう一つの集会がある。その集会は数年前にウィニペグの競技場で開かれた。集会中、われわれの親愛なる友人である聖公会の大執事が手伝ってくれた。彼はその集会に自分の聖職者の一人である、ホッブスという名の敬虔な牧師を連れて来た。この親愛なる兄弟には一人の娘がいて、その娘は極めて有名な病院から死ぬために家に送られていた。人に関する限り何の希望もなかった。

 そこでこの二人の牧師はこの女性を集会に連れてきた。その時、彼女はとても酷い苦痛の中にあったため、鎮静剤を打っていた。彼女は生きるために鎮静剤を打たなければならなかった。その苦痛と痛みは耐えられないものだったからである。彼女は大きなイスに座っていた――枕が彼女を囲んでクッションになっていた。場内は人々で満ちていただけでなく、主の臨在にも満ちていた。

 集会の終わり頃、私は常ならぬ――しかし今では慣れ親しんでいる――感覚が私の心の中に臨むのを感じた。私は文字通り彼の神聖な臨在によって溶かされた。私は近くに座っている奉仕者の方を向いて言った、「主はこの場におられます。主は今晩奇跡を行って下さると思います。その奇跡はこの集会を御力の現れで揺り動かすでしょう」。こう言うやいなや、この病気の女性のための信仰が分与されるのを私は感じた。

 私はぐずぐずしていなかった。大執事の横に歩み寄って、この牧師の娘のために共に祈るよう彼に頼んだ。彼は私の手を握って言った、「兄弟、私はこの集会にイエスの臨在を感じることができます。これまでの人生でかつて感じたことがないほどの臨在です。彼は今晩この奇跡を行って下さると私は感じます」。イエスはそうして下さったのである!この少女の哀れな、弱った、病気の体の上に、神の御手が置かれ、彼女は永遠の御腕の中で安息したのである。彼女の頬がたちまち健やかになるのをわれわれは見ることができた。彼女は死なずに生きた。今も彼女はわれわれの素晴らしい主の御力の証しとして生きている。

 一年後、その同じ建物をもう一度訪問した時、私はあの晩主が私に訪れて下さったまさにその場所に立った。そこに立った時、私は自分がそこで何をしていたのか、そして、主が私の哀れな心に欠けていた信仰を私に分け与えて下さった瞬間、何が起きたのかを思い出した。こういうわけで、信仰は神の賜物である、と私は言っているのである。あなたがその信仰を持っていないのは、それを望むままに使うのではなく、主がそれを賜ってあなたに所持させる目的のために用いるためである。


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