幸いな朝

 数年前のある三月の朝、私は心の中にナザレ人の愛と臨在を感じつつ家を出た。私はある哀れな女性のために祈るための途上にあった。その女性は正気を失って、そのような患者のために設けられた施設の中に閉じ込められていた。今でも私は、彼女の夫が失意の中から絶望のうちに叫んだ時の、そのすすり泣きが聞こえる。災いが――突然なんの前触れもなく――稲妻のように一瞬のうちに美しい家庭を襲った。神だけが彼らの希望であり、それを彼らは分かっていた。私はこの女性のために是非とも祈りたくて、主は祈りを聞いてかなえて下さると確信しつつ出かけて行った。彼女はとても無力な状態で、悪霊に捕らわれていた。私がようやく彼女の部屋に着いた時、彼女は自分のものではない声で冒涜的で卑猥なことを叫んだ。

 その朝、われわれの祈りに対する目に見える応答はなかった。しかし、この哀れな取り乱した人は私の外套の襟をつかんで、かすれ声で「諦めてはなりません。そうする代わりに、イエス様だけが施せる癒しを求めて恵みの御座にすがり続けましょう」と言い張った。そこで、私は私の教会に祈るよう求めた。また、他の教会にも求めた。われわれはこの哀れな患者の解放のために一日中祈ることで合意した。また、二人以上の祈りの戦士が、この女性が解放されるまで祈り続けることを決意した。

 午後四時頃、教会の祭壇近くで祈っていると、私は主の御霊が私の上に臨むのを感じた。その油注ぎの衝撃力の下で、私は立ち上がり、感動と主の臨在の栄光で震えつつ、「私たちの祈りは聞き届けられました。私たちの願いは間もなくかなえられます」と宣言した。私は電話のところに行って、その女性の夫に「勝利を得たことを私は確信しています」と告げた。われわれは勝利を得たのである!翌日、短い祈りと油塗りの後、彼女は勝利のうちに起き上がった。そして、家に行って、敬愛する夫や子供たちのもとに再び戻った。悪霊が彼女の体を去った瞬間を私は知っていた。悪霊が彼女の哀れな魂を手放した瞬間を私は感じていた。

 あの勝利の瞬間、主イエス・キリストの信仰が与えられた――解き放たれた――ことを私は知っている。私はその信仰を自力で解き放つことはできなかった。もし私が、神の御旨に対する限られた理解しかない状態で、そうすることができていたなら、彼女は私が最初に祈った時に癒されていただろう。しかし、全知なる主が愛と恵みによって分与して下さる信仰を私のうちに解き放たれるまで、この癒しの奇跡は起きなかった。われわれが持っているこの信仰は一粒のからし種のようなものである。ある女性が先日私に「どうか私のために祈って下さい。私には十分な信仰があります」と言った。彼女が言わんとしたことを私は分かっている。われわれはそのような言い回しを何度も何度も耳にする。私はこう答えた、「姉妹、それほど信仰があるなら、どうしてあなたは病気なのですか?」。彼女は怪訝そうに私を見つめた。そして、少し考えてから、「一粒のからし種」のような信仰を求めて祈るために去って行った。


オリーブ園クリスチャン古典ライブラリー 本館
オリーブ園クリスチャン古典ライブラリー 本館へ

コメント
トラックバック
トラックバックURL
コメントフォーム
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール
カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
全記事表示リンク
検索フォーム
個人のブログに関するリンク集
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

電子書籍
Glorious Secret
ジェシー・ペン-ルイス
「栄光の奥義」


The Cross of Christ
アンドリュー・マーレー
「キリストの十字架」


ランキングサイト
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 聖書・聖句へ

人気ブログランキングへ ブログランキング

ブログのまどランキングへ ブログ王へ

ブログランキング【くつろぐ】

QRコード
QR
カウンター

Page Top
Powered by FC2 Blog | | Template Design by スタンダード・デザインラボ