貧乏人と金持ち

 貧しくて困窮している者はとても多くの良いものを与えられてきたが、富んでいる者は空手で送り返されてきた。数年前、手足の不自由な人が集会に連れてこられた。彼を連れて来た人たちは、「この人は世の中で大いに信頼されている人で、地域社会の中でもその善良な生活と働きで知られている人です」と私に告げた。彼は良い生活をしている人で、疑いなく、主を愛していた。しかし、人々がその障害のために祈った祈り方のゆえに、彼は集会から一度ならず立ち去らなければならなかったのである!「この人が信仰によって立ち上がって歩きますように」という人々の嘆願に応えて、この人が懸命に立ち上がろうとする姿を、私は今でもありありと思い起こすことができる。何回も私は彼のイスの横に跪いて、彼を縛っている力を叱りつけた。数日経っても、彼が癒される兆しは皆無だった――祈りに対する応答は天から何もなかった。ある午後のこと、人々は彼を車イスに乗せて建物の隅に連れて行った。彼は人々に「私たちを二人だけにして下さい」と頼み、それから、今も私の記憶に残っている言葉を発した。

 「自分はとんでもない失敗者です」と彼は告げた。「私がここに来た時、主を信じる自分の信仰は強いと思っていました。しかし、自分の心の奥底を覗いた時、自分には告白したいことがあることがわかりました。私は何と哀れで、惨めな失敗者だったことか。人々は私のことを文句を言わずに苦しみを担う人と目してきましたが、その事実を私は霊的に誇っていたのです。人々は私のことを、たとえ負わなければならない十字架があったとしても決して文句を言わない人と目してきました。私は自分の評判を誇るようになりました。今、私はわかります。自分の美点と称していたものは、私の主から見ると、自己義認だったのです」。

 彼は両手で顔を覆って泣いた。この哀れな、手足が不自由な人には、大きな哀愁が漂っていたので、私の目にも涙があふれた。私は両手を差し伸べて彼の頭の上に置き、祈り始めた。私は彼の癒しのために祈った。私が祈っていると、彼が私を止めた。「プライス博士」と彼は言った。「私が必要としているのはイエスであって、癒しの必要性はその半分もありません。私はイエスの臨在に大いに飢え渇いています。私の人生の他の何者にもまして、私はイエスをもっとよく知りたいのです。私のこの自己を義とする心の中に、彼が御自分の臨在と愛を洪水のように溢れさせて下さりさえするなら、たとえ日々をこのイスで過ごしたとしても私は満足です」。それで私は、この手足の不自由な人が建物の隅から立ち去るのを見送ったのだった。

 彼は静かに立ち去った。人々が彼を車イスに乗せて建物から連れ出した時、私の心は彼に同行した。家に帰る道すがらずっと、私の心は彼のために詩歌を歌っていた。

「救い主よ、救い主よ、私のささやかな叫びを聞いて下さい。
 他の人たちをあなたが呼んでいる間、
 私を通り過ぎないで下さい!」


 砕かれて深く悔いている心を、主が蔑むことはない!自己の終焉に達することは何と甘美なことか!われわれが一晩中労苦しても何もとれなかった後で、主が身を低くして岸辺でわれわれを待っていて下さるとは、何と素晴らしいことか!「あなたたちの網を船の右側に投げなさい」とわれわれに語りかけて下さる御声は何と恵み深いことか!それはわれわれの喜びが満ちるためである。船のどちら側が右なのかを決めるのは何か?もちろん、船が進む方向である。あなたの船がイエスに向かって進んでいるなら、あなたはすぐにどちらが右側かわかるだろう。そして、このナザレ人を船に迎えることを願うなら、この船は空っぽでなければならないのである。

 数日後、私はマンチェスター博士と連れだってその建物を後にした。マンチェスター博士はマッキンリー大統領の葬儀をした人である。公会堂の扉のところで、この人が車イスに座って、夕方の集会のために扉が開くのを忍耐強く待っていた。午後の集会は終わった。マンチェスター博士は、この手足の不自由な人の顔を見て、立ち止まった。そして、この人の方に歩いていったので、私も後に続いた。「あなたは祈ってもらうために来たのですか?」と彼は尋ねた。

 「祈ってもらって、癒しを受けるためです」が返答だった。この人はどこか様子が変わっていた。その声――その口調――その目――その表情が、栄光を反映していたのである。何かが起きたことを私は知った。「話して下さい」と私は言った。「何が起きたのですか?私の兄弟よ、あなたが何らかの経験をされたことが私には分かります。その経験はとても素晴らしいものなので、それが何なのか私にはわかりませんが、その栄光を感じることはできます」。

 そこで彼は、彼がイエスと共にいたことを、私に話してくれた。彼はあの晩を祈りのうちに過ごした――執り成しのためだけでなく、賛美と礼拝のためである。彼は私に言った、「朝の四時頃、主の臨在を感じて、圧倒されてしまいました。イエスが特別な方法で私の部屋におられることがわかったのです」。自分が主を崇めてどのように賛美し始めたのかを、彼は私に告げた。彼は言った、「その時、神の命が注ぎ込まれるのを感じ始めました。何かがイエスから私に移ったのです。自分の心と思いの中から霧が晴れたかのように感じました。その時、自分の葛藤は終わったことを知りました。そして、甘美な聖なる平和が私の魂を包み込んだのです」。彼はわれわれに言った、「今、私は承知しています。もう一度来て、主に従い、油を塗ってもらうなら、イエスから力が流れて来て、神の命を与えられ、健康で力強い状態に回復されるのです」。

 マンチェスター博士の顔を見ると、彼の両目が涙を流していることに私は気づいた。その時、彼は言った、「この人はどうして今晩まで待たなければならないのですか?」。

 「待つ必要はありません」と私は答えた。「偉大な医者が今ここにおられます。ナザレのイエスが通りかかっておられます」。

 一瞬でそれは成就した。車イスからこの人は立ち上がった。彼は走って飛び跳ね、この解放のゆえに主を賛美した。それは神の力の奇跡だった。雪道にいる彼の周りに、人々が集まってまず賛美し、それから祈った。救われていない心は砕かれ、流された悔悟の涙はおびただしかった!一度ならず私は、山の麓で苦闘している弟子たちの一団と同じ状況を経験した。ああ、私の心はどれほど証しできることか。無力なわれわれのただ中にイエスご自身が歩いてやって来られる時、状況はすっかり変わってしまうのである!


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