その時、イエスが語られた

 その時、イエスが語られたのである!ああ、万能の輝かしい御言葉!神聖な権威ある比類ない御言葉!イエスの場合、何の苦闘もなかった。心砕かれた父親の祈りに対する答えをもたらすのに、呻きや、長く激しい戦いは何もなかった。イエスは語られた。悪魔は逃げた。幸いな少年は、父親の腕の中に抱かれて、すすり泣きつつ神への感謝を言い表した。幸いな父親は少年を抱きしめて、涙が滲んだ愛と崇敬の眼差しで、その前から悪魔が逃げ去った人の顔を見た。

 すると再びイエスは語られた!敗北に関する弟子たちの質問に答えてイエスは仰せられた、「それはあなたたちの不信仰のせいです。まことに私はあなたたちに言う、もしあなたたちにからし種一粒ほどの信仰があるなら、この山に向かって『ここから向こうの場所に移れ』と言うなら、その通りになります。そして、あなたたちに出来ないことは何もないでしょう」。何という宣言だろう!われわれに必要なのは、一粒のからし種のような信仰だけなのである。この信仰さえあれば、山々はわれわれが近寄るとき恐れおののくのである。

 イエスが何を言っておられたのか、あなたは理解しているだろうか?彼が与えることのできる信仰は、最小の分量でも、悪魔の力の最大量よりも大きくて強いのである。ダビデとゴリアテの経験は、魂の領域においてであった。一粒のからし種が山に対して戦いに出かけ、それを屠った。しかし、これには彼だけが賜物として与えることができる信仰が必要だった。

 この弟子たちは信じていたのだろうか?確かに信じていた。彼らはイエスを信じていた。その諸々の約束を信じていた。神癒を信じていた。さもなければ、あの日、彼らは癒しの集会を開こうとしなかっただろう。あなたや私が癒しの奉仕やわれわれの教会の集会で信じてきたのと全く同じように、彼らは祈り、懇願した。しかし、何も起きなかった。イエスによると、彼らに必要なのは信仰だった――車に満載された信仰ではなく、ごく小さな信仰だった―― 一粒のからし種のような信仰だったのである。それだけで十分なのである!それだけが必要だったのである……ただし、それが本当に信仰であるならばの話であるが。

 私の会衆の一人である或る女性が、ある晩、「癒しを受けるのに必要な、御言葉に対する信仰は十分に持っています」と私に言った。残念ながら、私は彼女にこう告げなければならなかった、「もし私に一粒のからし種のような信仰があったなら……私の主の信仰と同じくらいの信仰があったなら……今晩、イエスの力ある御名によって、もっと偉大な奇跡がどれほど起きていたことでしょう!」。


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