洞察力のある男女たちは新しいタイプのキリスト教を求めてきた。彼らが欲しているのは新しい哲学やキリストに関する新しい形而上学的観念ではなく、イエスの地上の歩みに見られる現実についての解き明かしである。私たちはそれを求めて過去を振り返ってきたが、それは過去な中には存在しない。初期の教会は人々の心が渇望しているものを持っていなかったのである。

 初期の教会はキリスト、その身代わり、キリストのからだ、御父の右で彼が私たちのために果たしておられる務めに関するパウロの啓示を持っていなかったことを、あなたは理解しているだろう。

 彼らは地上におけるキリストの歩みに三年間接していた。

 彼らは新創造だった。パウロを通して神が私たちに啓示しておられるものを、彼らは全て経験していた。しかし、彼らは理解していなかった。彼らは十字架上のキリストの死を知っていた。それを見ていた。キリストの復活を現実のものとして知っていた。彼らはキリスト復活後、キリストと共に食事をし、キリストと共に歩み、キリストと交わった。彼らはキリストが昇天するのを見た。聖霊が地上に来臨して教会が誕生したペンテコステの日に、彼らはその場に居合わせた。

 しかし、彼らは自分が新創造であることを知らなかった。起きた全ての出来事に関する感覚的知識による直接的証拠を持っていた。しかし、自分がキリストにあって神の義であることを彼らは知らなかった。彼らは素晴らしい経験をしていたが、それが何によって生じたのか知らなかった。

 当時、彼らは信仰によって歩んでいなかった。視覚、聴覚、感覚によって歩んでいたのである。

 ヨハネはこう述べている。「初めからあったもの、私たちが聞いたもの、目で見たもの、よく見て手で触ったもの、すなわち、命の言葉について」(一ヨハネ一・一)。

 初期の教会は感覚の領域の中を歩んでいた。神はそれをお許しになったが、それはさらに豊かな啓示が与えられていなかったからである。二世紀初頭になるまで、パウロの啓示を教会は手にしていなかったのである。


オリーブ園クリスチャン古典ライブラリー 本館
オリーブ園クリスチャン古典ライブラリー 本館へ

コメント
トラックバック
トラックバックURL
コメントフォーム
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
全記事表示リンク
検索フォーム
個人のブログに関するリンク集
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

電子書籍
Glorious Secret
ジェシー・ペン-ルイス
「栄光の奥義」


The Cross of Christ
アンドリュー・マーレー
「キリストの十字架」


ランキングサイト
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 聖書・聖句へ

人気ブログランキングへ ブログランキング

ブログのまどランキングへ ブログ王へ

ブログランキング【くつろぐ】

QRコード
QR
カウンター

Page Top
Powered by FC2 Blog | | Template Design by スタンダード・デザインラボ