兄弟よ、もしこの世の知恵がわれわれの信仰の邪魔をするのを許すなら、われわれは愚か者の一団である。私は著名な学者たちを敬うが、それは彼らが自分自身の分野にとどまっている場合である。しかし、彼らが自分たちの分野を離れるなら、私は彼らに対する敬意をすっかり失う。彼らが自分の分野にとどまっている間、私は彼らに負う所がとても大きい。トマス・エジソンが自分の研究室にとどまっている限り、私は彼の二千以上の発明のゆえに彼をとても高く評価する。しかし、彼が科学の分野を離れて、「人は犬のように死ぬ」「死後の世界はない」と言うなら、私は彼をこの世代で最大の愚か者の一人とみなす。彼が八十歳の誕生日の時に「神は私にとって何の意味もない」と言った時、「一体トマス・エジソンとは何者か?」と私は言った。「彼は電気技術者です」と人は答える。その通り、彼は電気技術者にすぎない。死んだ犬について知らないし、死んだ人についてはなおさら知らない。犬が死んだ直後に、あるいは人が永遠の世界の中に入った直後に何が起きるのか、彼が何を知っているというのか?哀れな人よ、彼は自分の分野を離れて、子供のように無知な分野に足を突っ込んだのである。彼の分野は科学と哲学の分野であり、われわれの分野は啓示の分野である。

 いかにして私は啓示を知るのか?神の書が私に告げてくれるのである。それが神の書であることがいかにして分かるのか?通電している電線をエジソンが見分けるのと同じである。断線している電線と通電している電線の違いを彼が知っていた以上に、生ける書物と死せる文書の違いが私には確かに分かるのである。

 科学者たちが自分の分野にとどまっているなら、彼らは私に教えることができる。しかし、私が自分の分野にとどまっているなら、私も科学者に教えることができる。自分の哲学を持ち出して啓示の分野に乗り込むなら、たとえ最大の哲学者といえども知恵の欠如を露呈する。「霊の人はすべてのことを判別します(見分けます)」。天然の人は見分けられない。見ることができない。霊の人には目がある。昔、預言者は「先見者」と呼ばれていた。預言者は最初「神の人」と呼ばれていたが、その後「先見者」と呼ばれるようになった。目に見えないものを見ることができたからである。しかし、先見者としての資格を得る前に、彼は神の人としての資格を得なければならなかった。神の人になるには、人は再生されなければならない。神から生まれなければならない。上から生まれなければならない。

 家庭の赤子は麗しく、一家の喜びの中心である。しかし、年を取った赤子は不快である。発育遅延の事例が一件あった。年を取った赤子は素晴らしくないし、魅力的でもない。神の子供たちの間には発育遅延の事例がたくさんある。キリストにある赤子を世話するのは喜びだが、教会の中の年を取った赤子たちにはうんざりである。


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