Ⅲ.この光景が示す次の印象的な絵は救い主である。「義しく語り、救うのに力ある者。それが私である」。人の戦士は利己的である。彼らが戦う目的は個人的野心、個人的権力、誉れ、名声である。人の血の川々が流されてきた。利己的で強欲な英雄が世界征服者と称されることがあることに、人の心は痛みを覚えてきた。しかし、贖いのこの大きな戦いでは、われわれの力強い将が前線に出て来てこの戦いを戦い、世を打ち破り、暗闇の力からわれわれを救って下さった。救えるようになるためだけに、彼は征服されたのである。彼は常に虐げられている者の勇士である。

 この教訓に私は四つの特徴を見る。第一に、彼は義なる救い主である。彼は義の要求を踏みにじらなかった。破られていた律法の要求を受け入れ、それを完全に満たされた。罪の罰金を支払って、義の要求にことごとく応じられた。だからわれわれは無法者ではないし、牢獄を破ったわけでもない。われわれは引き出されて裁判にかけられたが、彼が罰金を払って下さったので、見事に無罪判決を受けたのである。彼は十字架から降りて、この請求書の始末を拒むこともできた。しかし、十字架にとどまることを選んで、最後の一円まで支払って下さった。だから、われわれが出て行く時、われわれは顔を上げて、債権者に会う恐れを感じることなく進めるのである。彼はすべての負債を完全に片付けて、その記録を抹消して下さったのである。

 第二に、彼は救うのに力がある。彼はあなたの諸々の罪を帳消しにできるだけでなく、習慣の力を打ち破って、すべての積み重なった腐敗や元々の肉性からあなたの心を清めることができる。彼はあなたの体を癒すのに力がある。罪の結果から救うのに力がある。極みから極みへと救うことができるのである。

 第三に、彼は唯一の救い主である。「私は見たが、助ける者が誰もいなかった」。他の物や人がすべて試されたが、みな失敗したのである。

 第四に、矛盾、あるいは救いと破壊の奇妙な混ざり合いが分かる。贖いの偉大な根本原理は破壊による救いである。十字架は死による命、敗北のように思われるものによる勝利、悲しみによる喜び、涙による微笑みを意味する。ノアとその家族は、この世の滅びによって救われた。イスラエルはエジプトの初子の死によってエジプトから解放された。


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