神の導きを思い起こそうではないか。放浪している時でも神がこの民を導かれたことがわかる。力と時間を浪費したこの四十年の間ずっと、神は彼らを見捨てられなかった。彼らが荒野に逆戻りしても、神は彼らと一緒に向きを変えて共に進まれた。「彼らが苦しむ」と神もまた苦しまれた。「いにしえの時代、神は彼らを担って運ばれた」と御言葉は告げている。あなたたちの何人かが自分の道を選んだ時ですら、憐れみにより、神はあなたたちに善をなす機会を忍耐強く待ちながら、あなたたちの傍らで共に進んで下さった。「あなたたちは悪を図ったが、神はそれを益に変えて下さった」とヨセフは言った。神の御手は万物の上にあり、神の臨在は近い。これを覆すほどの曲がりきった道、奇妙な摂理、深い悲しみ、悪い環境はない。「すべてのことは共に働いて益となる」のである。

 神の導きの御手だけでなく、善に満ちた御手についても考えよ。「最終的にあなたたちに益を施すため」。これはこの道の最初のうちは、あるいは旅の最中も、必ずしも明らかではないかもしれない。しかし、この道の終局は祝福以外にありえないことを、生ける信仰は理解する。多くの時、神の計画は謎であり、極めて辛い試みであることが時々ある。しかし、神に時間を与えよ。そうするなら、神はそれを成就して下さる。「あなたの夜はすぐに終わって、輝かしい日になる」。

 小さな子供が定期船の甲板に立っていた時のことである。小犬がひとりの船員に噛みついた。すると、逞しい船長はその犬を掴んで船外に放り投げ、ただちに焼き鉄を握ってその船員の腕を酷く焼いた。子供は恐れて父親のところに駆けつけ、「ああ、あの酷い船長が犬を海に放り込んで、あの人の腕を焼いてしまったよ」と叫んだ。父親は説明して言った、「あの犬は狂犬病だから、乗客の命を救うために犠牲にしなければならなかったんだよ。あの人の腕を焼いたのも、病原菌を殺して狂犬病を予防するためなんだよ」。こうして、船長の行動は酷いものではなく優しいものであったことを、その子供は理解させてもらったのである。

 御父の訓練についても考えよう。「主はあなたを低くし、あなたを飢えさられた。それはあなたを試し、あなたの心の内を知るためであった」。昨年を振り返ると、残念なことが十分ある。だが罪はない。なぜなら、神に感謝すべきことに、神は私を罪の外側に保ち、罪から守って下さったからである。残念なことに、信仰が今以上に伸びることはなかったし、陸も海も空も加速している今日この頃、時間を今以上に活用することもできなかった。この道を霊的にもっと進むべきだったように私には思われる。神の訓練は私に自分の無価値さだけでなく、神の十分さをも教えてくれた。祈りの答えは時として遅れることも教えてくれた。


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