われわれの周りにあるいかなる物質も、性格と比べたら無にすぎない。あなたの金や銀は、溶解する世界の炎の中で、たちまち灰燼に帰すだろう。あなたが行うことは刈り株のように燃えてしまうが、あなたという人は永遠に存続する。汚れている人は将来も依然として汚れているだろう。聖なる人は将来も依然として聖いだろう。苦難を通して高度な研鑽を受けている人は、永遠の白色光の下でますます輝くばかりだろう。

 後になると訓練は実を結ぶ。これから思い出されるのは、自然や霊における神の過程では時間が必要不可欠な要素であるということである。信仰は待つことを学ぶ。われわれの軽い艱難は束の間にすぎない。実を結ぶことでは時間が一つの要素である。最も甘くて最も香ばしい果物は、霜だけでなく八月の太陽にもさらされてきた。太陽の恵みを受けた実をならせる木は、その前の冬の寒い準備期間を耐えたのである。

 訓練は永続する深い慰め、平安、喜びを生み出す。「夜は泣いても、朝になると喜ぶようになる」。悲しみの後に訪れる平安にまさるものはない。これはみな、それによって鍛えられる人々の所に訪れる。ロザハムはこれを「良く訓練された」と訳している。

 次にまた、開いた傷口を残す酷い悲しみや熱い涙もある。何の慰めもない打ちひしがれた心の人もいる。萎れてしまって甦りようのない希望もある。しかし、悲しみをどう受け入れるのかに、それによってどんな訓練を受けるのかに、いろいろなことがかかっている。われわれは主の訓練を軽んじてはならないし、責められて気落ちしてもならない。

 「萎えた手を上げよ」。「あなたの心配をすべて主に委ねよ。主があなたを顧みて下さるから」。

 あなたはある少年の話を聞いたことがあるだろう。父親が懲らしめの鞭を掴んでまさに子供に振り下ろそうとした時、少年は父親の腕の中に飛び込んで鞭を避けた。そのようにあなたは神の偉大な父心に、「たとえ彼が私を殺しても、私は彼に依り頼む」と言うほど近づくことができる。最後に、あなたの足のために、まっすぐな道を造れ。すべての人と平和を保ち、主に対して聖くあれ。内側も外側もまっすぐに生きよ。


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