また彼は、「私は命のパンです」と言われた。命がすべて、という時がよくある。ヨーロッパに向かうある裕福な家族が、ニューヨークのホテルに滞在して出航の時を待っていた。すると突然、その家族の母親がかがみ込んで絶命してしまった。命に不足していたせいで、この旅は台無しになり、彼らの将来の希望はすべて吹き飛ばされたのである。

 パン――これはどれほど重要なことか!飢えている人にとって、パンはダイヤモンド以上に重要である。パンを求めるこの世の争いを考えて見よ。ニューヨークやロンドンの長いパン待ちの列を見よ。今日、中国の飢えた数百万の人々にとってパンはどれほど重要なことか!サンフランシスコに地震が起きて、火災がこの都市を滅ぼしかけた時、そこそこ裕福な私の個人的友人がそこのパレスホテルにいた。彼はシカゴに資産を持っていたが、二日二晩パンも水も一口も摂らず、枕するところもなかった。それで彼は喜んで極貧の人々と一緒にパン待ちの列にならんで、施し物から自分のなけなしの分をもらったのである。

 ある大きな船が沈んだ数日後、救命ボートに数人乗っているのが見つかった。六日間水が一滴もなかったので、彼らは水だけを叫び求めた。空は美しく、海は穏やかだった。周囲はことごとく魅力的だったが、素晴らしくはなかった。水、水、が彼らの叫びだった。小さな雲が頭上に漂って来て、二、三滴の雨が降り始めた。彼らは舌を出して、出来るものなら一滴だけでも受け止めようとした。彼らにとって水がすべてだった。キリストはすべてである。「私は命の水です」。数千の人々、実に数百万の人々が、この世という道なき熱砂の砂漠、寂しい荒野をとぼとぼと歩きつつ飢えている。しかし、命の泉であるキリスト、裂かれたとこよの岩から流れ出る流れが差し出されているのである。

 ある船員が水に渇いていた。遭難信号を発する相手に無線を合わせて通信したところ、水、水、という弱々しい返答が帰ってきた。彼らは水をすくうよう教わった。アマゾン川の河口にいたからである。新鮮な水の海で渇いているとは!多くの人が命の水を求めて滅びてしまうが、飲みさえすればそれを得られるのである。「誰でも望む者は自由に命の水を飲むがよい」。


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