十字架を見る時、そこに何が示されているのがわかるか?そこに私は罪を対処する神を見る。そこで私は神が罪をどう思っておられるのかを知る。十字架の光の中でのみ、罪の罪深さが表れる。十字架において、神が個々の事柄をどう思っておられるのかが示されていることがわかる。学識ある博士たちが何を思い、何を言っても私には関係ない。十字架において、私は傷とあざと打ち身でいっぱいの人を見る。ここに私はその人の絶望的状況と無力さを見る。

 また、十字架において、神の諸々の属性の調和が見事に示されていることがわかる――すなわち、愛である。ああ、この愛はその明るさで数百万の人々を魅了したので、とうとう彼らは自分の血で証しに印を押したのである。

 愛――この愛は勝利して、私がその価値を悟るにつれて、この古い世界から引き離す。そびえる山々、逆巻く川々、焼け付くような太陽、青い深海に向かうこともあるかもしれないが、愛の発露を見たい場合、私は十字架に向かわなければならない。

 知恵――この知恵は悪魔どもを困惑させ、御使いたちを驚かせることがわかる――この知恵は反対者たちの口を封じる。この知恵は学問の府では学べないし、最も教養のある人や地上の学者も知らない。

 力――そう、力である。創造して維持する力だけでなく、反対をすべて打ち破って征服する力である。描写不可能な力である――この世と肉と悪魔を征服する力である。あなたの同意によりあなたの中にある力であり、この世にいるあの者よりも大いなる力である。あなたの敵の総力を上回る力である!

 聖潔――この聖潔は罪を宇宙の最果てまで撃退する――この聖潔は罪に対する神の嫌悪を極めて強烈に示す。小さな罪に執着しようとする話や思い、また、口ではキリストを愛すると言いながら毎日小さな罪を犯すことは、極めて非合理的であり、愚の極みである。十字架はこの道徳的宇宙のどこにも罪の存在を許さない。罪は去らなければならない。最果ての境に達するまで、あるいは、地獄の後壁に達するまで、進むのを止めてはならないのである。

 恵み――私は恵みを見る。この恵みは罪人をまさに神の御前に置く。然り、いと高き方の懐に置く――この恵みは罪を永遠に取り除き、罪人を天の中心に置く。これらの属性は他のどこにも見つからない。この偉大な著者が十字架を誇ってはならない理由があるだろうか?


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