神の王国では、後戻りはできない。それゆえ、心血を振り絞って、神の王国のために奮闘せよ。あなたや私の働きは二次的である。私たちは、神の未来を待望する霊の器にすぎない。これについて考えよ。あなたの内にある――忠実な人々の内にある――神の王国が出発点であり、そこから救い主はご自分の御旨を勝利に導かれる。あなたの働き全体にわたって、神の王国は進展中であるという思想を堅く握りしめなければならない。この希望は、いかなる働きをする時にも、私たちにやる気を与えてくれる。この希望により、私たちは前進するのである。

 これは、私たちの主要な関心が自分の実際の働きであってはならないことを意味する。この世にあるものは何でも――諸宗教も含めて――力強く、成功を収めているように見える。他方、私たちは弱く、たやすく隅にやられてしまう。しかし、より堅固な立場の上に立っているのはどちらだろうか?

 神の王国は、奇妙な数々の方法で働く。今日、神の王国を現している教会、会衆、民族、国家はあるだろうか?一人でもいるだろうか?昔、人々は、プロテスタント教会に、モラビアの群れに、敬虔主義に、神の王国を見たと思っていた。今日、神の王国は表面下で活動しており、すべての国々を発展させている。神の王国は数々の新しい方法で広がっている。これは私たちの理解を超えている。しかし今、かつてなかったほど、「主は近い!」と私たちは宣言しなければならない。私たちは、静穏かつ積極的に、信仰と期待により、その一部なのである。神がこの世界の生地に御旨を織り込んでおられることを知れば、それで十分である。神は目標に到達されるだろう。この人やあの人に対する目標に到達するだけでなく、万民に対する目標に到達されるのである。

 神の王国はどこから来るのだろうか?この世の歴史全体が、この約束の成就ではないのだろうか?束縛は解かれ、鎖は断ち切られているのではないだろうか?中国の男性だけでなく、女性に対しても新しい道が開かれるとは、一体誰が三〇年前に考えていただろうか?イエスは生きておられ、ますます征服される。イエスがすべての背後におられることに、たとえ私たちが気づいていなかったとしても。もちろん、このような進歩は、人々が神に立ち返りつつあることを示しているわけではない。しかし、この実際的解放のおかげで、神の王国は人々の間に入り込むことができるのである。

 神の介入を真に活き活きと望んでいる人は、ほんのわずかしかいない。しかし今、御霊の動きが世界中を駆け巡っている。世界は途方もない変化を経験しており、すべてが揺り動かされている。しかしそれでも、その背後には、静かだが力強い、平和、恵み、友好の思いが人々の間に存在している。神は前に向かって闊歩しておられる。隠れたキリストが働いておられる。あなたが常にこれを自分の目の前に置きますように。私たちは裏方だが、私たちの祈り、信仰、希望は、すべてその一翼を担っている。私たちは減少し、彼が増し加わらなければならない(ヨハネ三・三〇)。私たちの生活はこれをはっきりと示すものでなければならない。


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