愛する人よ、われわれは「聖なる人々」と呼ばれている。今朝、聖なる人と呼ばれることにもし引け目を感じているなら、あなたはペンテコステを求めて獲得しなければならない。われわれの任務はそれを宣べ伝えることだけでなく、それを得ること、生きること、歩むこと、語ることである。われわれはこのような聖なる慎ましい生活を送らなければならない。それは、われわれの足跡に従うことをわれわれの子供たちが恐れなくてすむようになるためである。あなたの可愛い息子や魅力的な娘に聞かせたくないような会話に耽る権利はない。怒りや不親切、怒って発した不用意な言葉といった、家庭内の罪の言い訳をすることが一般的に行われている。しかし、愛する人よ、あなたや私に期待されているのは、われわれの子供たちが勇敢にわれわれの足跡に倣うような生き方をすることである。会話中にあなたが俗語や不適切な言葉を使うなら、子供たちもそのような言葉を使うようになる。あなたが不親切なら、子供たちもそうなる。あなたが怒るなら、子供たちは怒ることを正当化するようになる。

 愛する人よ、われわれは聖なる生活に召されているだけでなく、そのための備えもなされている。主は最初にそのための備えをすることなく、われわれを何かに召されることはない。もしわれわれが聖なる生活を送っていないなら、それはその経験をしていないからである。聖潔が客間だけでなく台所や食堂でも実際的なものでないなら、生活が講壇だけでなく農場、家庭、鉄道列車でも実際的なものでないなら、そんなものは無価値である。神に感謝すべきことに、神は聖なる生活に私を召して下さった。聖なる人の模範と、その人が暮らしている地域に及ぼす影響は、常に祝福である。その人の性格がその子供たちに及ぼす影響は永続的である。子供たちに敬虔さの模範を残した方が、農場や株券を残すよりも良い。農場や株券は蓄えるのに一生かかるかもしれないが、子供たちの魂を永遠に地獄に突き落とすおそれがある。敬虔な模範の影響力は決してなくならない。少年たちは時としてこの道からさ迷い出てしまうかもしれないし、少女たちは暫くのあいだ無関心になってしまうかもしれない。しかし私は、「子供をその行くべき道にしたがってしつけよ、そうするなら年をとってもその道を離れない」と述べているこの古い聖書を固守する。敬虔な母親――涙を流して祈る、聡明な愛情深い母親、神と子供たちの前で聖なる生活を送る母親――の涙は決して無駄にならない。彼女が祈りの部屋で過ごす時間は決して無駄にならない。

 親たちよ、私はあなたたちを励ましたい。正しく歩み、自分の宗教を生活の中で実行せよ。染みのない、責められるところのない生活を送れ。あなたたちの息子たちや娘たちが家に来ても、実は遠く離れていて罪の中に深く沈んでいるかもしれない。祈り続けよ、泣き続けよ、信じ続けよ。あなたたちの祈りはいつかある晩かなえられて、あなたたちの少年少女たちを連れ戻すであろう。


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