「主の喜びはあなたたちの力だからです。」


 キリスト教と他の宗教の違いの中で、快活さと喜びという点以上に異なっているものは何もない。異教国民の普段の顔つきは暗く、とても悲しげなことがしばしばである。礼拝している異教徒を見かける所ではどこでも、彼らの顔には覆いがかかっているように思われる。彼らは辛い時を過ごしている。イエス・キリストの宗教以外の他のいかなる宗教も、真の喜びを帯びていない。正真正銘の新約宗教の信者の普段の顔つきは輝いている。喜びと幸せを感じるのは大事なことだが、とても多くの人々は真の喜びを勘違いしている。喜びや幸せは束の間のものにすぎず、特定の条件や兆候が現れない限り不在である、と思い込んでいる。主の喜びは主御自身と同じように実体的なものであり、外部の環境にはよらず、体格、気分、感情、興奮にもよらない。感情、興奮、歓喜の無い所には喜びは無い、と思っている人々もいる。時として、人々はまさにこの点で問題を抱えて、興奮や陶酔といった感覚を感じられなくなると、自分は主の喜びを失ったと思い込む。そうではない。主の喜びは言いようのない悲しみのただ中で、自分には重すぎるように思われる重圧の下で、耐えられないほど圧迫される時、危機の中にある時でも、心の中に永遠にとどまるものなのである――どこにいてもそうであり、どんな環境に取り囲まれているのかには関わらず、主の喜びがある限り、それはわれわれの力である。「主とその大能の力によって強くなりなさい」とわれわれは命じられている。そうする以外の権利はわれわれにはない。

 この運動の中でわれわれが主張しているのは、聖書に戻ることである。聖書的原則、聖書的実行、聖書的経験、聖書的結果を追い求めることを主張している。聖書への、使徒行伝への、聖霊の個人的導きの下で始まった幼い教会が持っていたものへの、出来る限り最短の道を探している。聖霊が教会に期待されていることを、われわれは熱心に期待するべきである。特に使徒行伝を調べて、聖書的水準、使徒的実行、力と結果に自分たちがどれくらい近づきつつあるのかを知るべきである。主の喜びを持たない限り、成功することは全く不可能である。幸福に優るもの、陶酔に優るもの、ハレルヤや叫びで表現しうるものに優るものがある。こうしたことはそれを現そうとするわれわれの試みの中で最善のものではあるが、それはこうしたことよりも遥かに深いのである。


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Re: No title

プーさま

当園の記事をいつも愛読して下さり、ありがとうございます。

翻訳をご希望の本について調べたところ、著作権がまだ切れていないようなので、残念ながら当園で紹介するのはしばらく無理そうです。

しかし、セス・クック・リースについては私自身も関心がありますので、できるだけ彼のメッセージや生涯を当園で紹介して行く予定です。現在、「聖戦」を掲載中ですが、すでに翻訳を終了していて今後掲載予定の本やメッセージとして以下のものがあります。

・セス・リース論説集(全十六メッセージ)
・最後の祈りの集会(メッセージ)
・セス・クック・リースの生涯(マーチン・ウェルス・クナップによる短い紹介記事)

今後も当園のご愛顧をよろしくお願いします。

オリバー

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