神は御使いたちを召すこともできた。御使いたちは行くことを喜んだであろう。すべてのことを喜ばしい奉仕として行ったであろう。神の招きと召しに舞い上がったであろう。彼らが知りたいのはただ、仕える機会があるかどうかである。しかし、御使いたちは召されなかった。神は世界を福音化するというこの偉大な委託を遂行するこの輝かしい協力関係の中にわれわれを召しておられる。確かに人の側もあるが、人の側はあまりない。せいぜい神に服して「はい」と言うことくらいである。道からどいて、神がなさるすべてのことに默従することくらいである。われわれは史上最高の召しに召されている。にもかかわらず、この召しに対する人々の対応は何と遅々としていることか。そもそも神がわれわれを召されるのが、私にはとても不思議である。さらに不思議なのは、せっかく神が召しておられるのに、われわれが常に応じるとは限らないことである。どうしてためらうなどということがありえるのか?どうしてぐずぐすと先延ばしして、このような召しに応じるのがこんなにものろのろしているということがありえるのか?神に感謝すべきことに、われわれの多くはすぐに御許に行くこと、主の召しに直ちに駆けつけることを学んでいるところである。われわれが知りたいのはただ、われわれに対する御旨と御目的だけである。われわれは喜んでこの輝かしい軍隊の隊列の中で自分の位置に着く。神と共に働く同労者になれる特権のゆえに神に感謝せよ!われわれの団結した行動にはこのような力がある。極小の動物でもサンゴ島を造ることができる。数がとても多いからである。もしわれわれが互いに一つであり神と一つなら、不可能なことは何もなく、われわれに逆らって造られる武器が功を奏すことはない。われわれに逆らって話す舌は麻痺し、われわれは勝利から勝利へ、力から力へ、栄光から栄光へと征服者の道を歩み、ついには永遠の栄光のうちに共に座し、染みのない白い衣を着た十四万四千人として、小羊の婚宴を祝うのである。

 今朝われわれが必要としているのは、われわれの側で団結して行動することだけでなく、快活になって互いに助け合うことである。神が唯一の経営者であり、われわれはその助け手であることを悟るべきである。われわれが神を助けているなら、事はとても容易に運ぶ。これを悟るなら、われわれは大いに団結し、共に荷を負うようになる。そのため、一度、二度、いつでも一緒に荷を引くようになる。われわれの道を邪魔できるものは何もない。われわれの働きで状況が困難に思われる時もある。何か途方もないことをしなければならない時、できることはすべてしたように見える時もある。しかし神に感謝すべきことに、もしわれわれが一つなら勝利は確実である。もしわれわれが神と共に働く同労者なら、御業を認識して、御業と人の働きとを区別しなければならない。神と共に働こうとするなら、神がどこで働いておられるのかを見いださなければならない。今朝、私はあなたたちに告げる。祝福に満ちた聖霊は、この最後のクリスチャンの時代、もっぱら人々の救いのために働いておられるが、その働きの中心点を変えて、別の領域に移っておられる。聖霊がある領域を離れたので、それらの領域は荒れ果てて、空しくなり、何もなされていない。もしこれらの荒れ果てた領域の中でぐずぐすしているなら、神と共に働く同労者にはなれない。神がそこで働いておられる時もあった。神は今ある、あるいは過去にあった、教会の数々の大きな団体の中で、最善を尽くしてこられたが、今では別の領域におられるのである。


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