また、主はわれわれのことを知っていて愛しておられるだけでなく、われわれに対する主の顧みは永遠であることもわかる。あなたを「たなごころに彫り刻んだ」と主は仰せられる。過ぎ行く諸世紀を経ても存続するもののゆえに、神を賛美せよ。印刷されているのでも、書き記されているのでも、印を押されているのでもない――彫り刻まれているのである。永遠の御父のたなごころにわれわれの名が彫り刻まれているのである。この特権のゆえに神に感謝せよ。この絵図は間違いなくユダヤ人の慣習から取られている。ユダヤ人が捕囚にあっていて都が廃墟と化していた時、彼らは自分の腕と手にエルサレムとその城壁の絵を描いた。そして、しばしばその絵を見て涙したのである。だから神は仰せられるのである、「あなたは常にわが目の前にあり、永遠に覚えられている」と。建築家は建物の詳細を描いて、その建物を建設している間、その図を常に自分の前に置いておく。それとまさに同じように、神はあなたの人生に関する完全な計画を立てておられ、永遠の愛をもって、決して忘れることなく、それを御前に置いておられるのである。母親は信実で、その愛情は地上で最も純粋で力強いかもしれないが、それでも忘れるおそれがある。しかし、われわれを永遠に覚えていて下さる方がここにおられる。われわれは常に御前にしっかりと保たれている――御手のたなごころに彫り刻まれているのである。

 兄弟よ、あなたはこれまで考えたことがあっただろうか?建築計画が職工の長の前で緻密に計画されるように、あなたの人生の計画は神の御前で緻密に計画されているのである。あなたは知っていただろうか?あなたが神の子なら、あなたに臨むことは偶然や不運によるものではなく、神の計画の一部なのである。また、あなたに臨むのを神が許されたことは必ず、あなたが神に信頼している限り、神はそれをあなたの益にして下さるのである。時として、これらの事柄は荒っぽい外見をしているが、あなたに対する神の計画の一部として受け入れなければならない。神はこれらの事柄を祝福として下さる。神は地図を持っておられ、もし許されるなら、天の神聖な計画にしたがってあなたを導いて下さる。神は、遣わしたい所にあなたを遣わし、あなたにして欲しい働きをあなたにお与えになる。たとえ困難や妨げや試練があったとしても、あなたの霊的力を成長させて、あなたが神に最高の栄光を帰すのに役に立たないものがあなたに臨むことがないように見守って下さる。これは思い煩い、不安、計画を何とすっかり取り去ってしまうことか!一度限り永遠に、何も言うことがない地点にわれわれをもたらしてくれるのである。われわれの計画や道筋は御手の中にあり、われわれにとって心地よいものである。それは天の議場で立てられたものである。天は何でもすることができ、将来待ち構えているものをすべて知っている。また、われわれにとって最大の益となり、神にとって最高の栄光となるように、われわれを導くすべを心得ている。

 この御言葉を神が語られた時のことを思い起こす時、この教訓はいっそう印象的なものになる。その当時、エルサレムの城壁は崩れ落ち、宮は廃墟になっていたのに、「あなたの石垣は常にわが前にある」と神は言われたのである。すべてが崩れ落ちているように思われる時、神の宮がまるで廃墟の中にあるかのように思われる時を、あなたは経験するだろう。今日の聖潔運動の中にすら、とても多くの分離、失敗、分裂、度重なる分裂、度重なる失敗を私は目にする。だから私はこのような御言葉に向かって、それを腕で抱きしめて、「あなたの石垣は常にわが前にある」と主が仰せられるのを聞きたいのである。城壁が崩れ落ちていることを主はご存じである。これを私はどれほど嬉しく思っていることか。宮が廃墟になっていることを主はご存じである。かつては純福音を説いていた人々がさ迷って行ってしまったことを主はご存じである。懐疑主義に陥った者もいるし、狂信に陥った者もいる。また、形式主義に陥った者もいる。ありとあらゆる~主義が四方から入り込んでいる。だが主は今朝、「あなたの石垣は常にわが前にある」と言われる。すべてが崩れ落ちて何の希望もなく、イスラエルは落胆し、すべてが闇夜のように暗い時、主は「私はたなごころにあなたを彫り刻んだ」と言われる。「城壁が崩れ落ちていることを私は知っているが、私はあなたを愛しており、あなたを見捨てない。城壁が再建される時が来る」。宮が見事に修復される時、都――新エルサレム――が天から下って来る時が来る。その時われわれは、夫のために美しく着飾った花嫁として、上に昇って行き、中に入って永遠に主と共にいるようになる。「神の礎は堅く据えられていて、『主は御自分の者を知っておられる』という印を帯びている」。神は善であり、私は神に信頼する。たとえ城壁は崩れ落ちていて、宮は鳥や獣やコウモリやあらゆる汚れたもので満ちていたとしても、神にとっては問題ではない。神は一つの民をお持ちである。たなごころに記されている民をお持ちである。神は御民に対して信実であり、御民は神に対して信実である。永遠に神に栄光あれ!兄弟よ、すべてが粉々になっていくかのように、皆が落伍していくかのように思われる時を次に迎えたら、この御言葉の上に身を伸ばして叫ぶがよい。

 昨日は朝から晩まで、私がこれまで過ごした中で最も涙を流した日であった。私は見知らぬ人々の間で泣き、路上で泣いた。人々がどう思ったかは分からないが、私はそんなことにはほとんどお構いなしだった。しかし、神が御自身を現して、その栄光の幻とその信実さと絶えることのない愛の幻とを私に与えて下さった時、地も人々もこの幻の輝きを邪魔できない領域に私は上げられたのである。神に栄光あれ!


オリーブ園クリスチャン古典ライブラリー 本館
オリーブ園クリスチャン古典ライブラリー 本館へ

コメント
トラックバック
トラックバックURL
コメントフォーム
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
全記事表示リンク
検索フォーム
個人のブログに関するリンク集
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

電子書籍
Glorious Secret
ジェシー・ペン-ルイス
「栄光の奥義」


The Cross of Christ
アンドリュー・マーレー
「キリストの十字架」


ランキングサイト
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 聖書・聖句へ

人気ブログランキングへ ブログランキング

ブログのまどランキングへ ブログ王へ

ブログランキング【くつろぐ】

QRコード
QR
カウンター

Page Top
Powered by FC2 Blog | | Template Design by スタンダード・デザインラボ