カナンは右にも左にも境界があると述べられているが、われわれの前に境界線はない。日が沈むまで進むのである。この輝かしい朝、われわれの中には大いなる祝福の頂に座している人もいるが、その目的はさらなる領域をわれわれに見せるためにほかならない。他の山頂に達しても、依然として他の領域、霊的祝福の他の山頂がある。あなたは飛び跳ねながら進んで行き、近い将来、飛び跳ねるパウロのように、飛び跳ねながら神の都の中に入るのである。

 この前進、聖霊と腕を組んで歩む歩みは、宇宙の他の何物にもない特徴を帯びている。われわれはどこまでも進んで行く。都を陥落させても立ち止まらず、王の首を刎ねても立ち止まらない。進んで行って個人的嗣業を獲得する。今朝目を上げて、主がわれわれのために獲得して下さったものの素晴らしさを見つめようではないか。近い将来、アクサの祝福の宿る地にわれわれは渡るであろう。彼女は結婚した時、父であるカレブに、自分の嗣業である南の地だけでなく、「上なる泉と下なる泉」をも要求した。南の地は焼け付く日ざしの下にあり、焼け付くような熱で干上がることもしばしばあったが、彼女は下なる泉だけでなく上なる泉をも得ることに成功した。そして山々の泉から、雪どけ水の供給を常に受けて、冷たい爽やかな水だけでなく、南の地を肥沃にする水をも得たのである。焼け付く日ざしの下で、彼女の貯水池、小川、細流、渓流が乾き切った時、谷の細流がなくなった時、そこに上なる泉からの流れが注ぎ込んだ。その流れは決して尽きることはなかった。他の人々なら灼熱の下で干からびていただろうが、彼女は何があっても決して干からびない泉を要求した。アクサはこの素晴らしい聖化の祝福の極めて顕著な麗しい型であった。ああ、神に感謝すべきことに、このような地があるのである。そこには下なる泉がある。その泉は地的喜び、友人たちや愛する者たちとの交友、主がわれわれに授けて下さる束の間の祝福の泉である。しかし、そうしたものがみな過ぎ去って、地的喜びがことごとく干上がり、人の最後の支えが崩れ落ちる時、神の愛と恵みの豊かな大海という上なる泉から、爽やかな流れがわれわれの魂の上に臨み、われわれは「言いようのない喜びをもって喜び、栄光に満ちる」のである。


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