「こういうわけで、私たちは、このような多くの証人に雲のように囲まれているのだから、いっさいの重荷と、いとも容易にわれわれに絡みつく罪とをかなぐり捨てて、われわれの前に置かれている競争を、忍耐をもって走りぬこうではないか。われわれの信仰の創始者であり完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、走ろうではないか。彼は、自分の前に置かれている喜びのゆえに、恥をもいとわないで十字架を忍び、神の御座の右に座するに至ったのである。あなたたちは、罪人らのこのような反抗を堪え忍んだ方のことを思いみるべきである。それは、あなたたちが弱り果てて意気消沈しないためである。」(ヘブル十二・一~四)


 ヘブル書十二章のこの最初の節は、イエスを仰ぎ見つつ忍耐をもって走るべき競争について描写している。今日、世は競争に満ちている。昨年、海路と陸路の両方で多くの競争があった。中には頼もしい競争もあるが、たいていの場合、それらの競争は極めて不評で、その影響力は意気消沈させるものである。人々はありったけの熱意をもってそれらの競争に参加している。世界の歴史は、われわれの神学校や大学が卑劣漢を頭として訓練することに多くの時間を費やす時代に入った。これらの世的競争は、全く潔められた人を除くほとんどすべての階級の人々を魅了している。

 今日の悪の多くは、善からの逸脱にすぎない。最善最高のものに秀でたいという願いは、全く合法的である。神は賢明な諸々の目的のために、最高に卓越した者になりたいという願いを、人の心の中に植え付けられた。この御言葉の著者である使徒は、数回、軍隊調に述べている。そしてそう述べる時、可能な限り極めて強烈な絵図を用いている。真のクリスチャン兵士が携わっている罪とサタンに対する戦いの、極めて力強い絵図を用いているのである。

 しかしここでは、使徒は体操競技風に述べており、クリスチャンの競争の絵図として、当時の慣習だったオリンピックの試合や競争に言及している。そして、できるだけ力を尽くして、この絵図を前章に記した緒原則に適用している。ヘブル書十一章は、信仰のピラミッドとよく呼ばれる。この章は、神の御民の歴史の中でかつて起きた最も素晴らしい事柄を集めたものである。使徒はこの十一章で、極めて力強い人物たちを次々に示す――神の恵みにより最高峰の経験に至った人々を次々に示す。使徒は万物の始まりから始め、これらの力強い結果が生じたのは信仰によることを告げる。霊的生活において、一般庶民よりも秀でていたこの人々は、信仰を通して、このような頂点に至り、偉業を成し遂げ、苦難を耐え忍んだのである。アブラハム、モーセ、三百年神と共に歩んだエノクが、この一覧に載っている。使徒は聖なる預言者たちについて、その目覚ましい偉業と共に次々と言及し、最後にイエスの時代にまで至る。その後、使徒は転じて、「このように次々と述べてきたことは、すべて信仰によって成された」と述べる。その後、使徒は、英雄たちのこの長い一覧を、われわれの競争を見つめている証人たちの雲と見なす。「このような多くの証人の雲に囲まれているのだから、いっさいの重荷をかなぐり捨てて、われわれの前に置かれている競争を、忍耐をもって走りぬこうではないか」。


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