ああ、神が私たちを助けて下さり、この福音の可能性を見せて下さいますように!その可能性は無限であり、果てしない。立ち上がってこれを宣べ伝えようではないか。聖霊を受けようではないか。自分自身の関心や自己中心性から逃れて、誰か他の人を助けて祝福しようではないか。

 私があなたたちの中の数人に願うせめてものことは、あなたたちがこの祭壇に来てみごとに救われ、生涯二度と別の祭壇に行かなくなることであり、この経験をしたかどうか確認したいという衝動を二度と感じなくなることであることを、あなたたちはご存じだろうか?探求を超えた境地、研究を超えた境地、別のバプテスマを求めようとしなくなる境地というものがある。ガブリエル自身が来て、あなたに探すよう言ったとしても、彼を両目でまっすぐ見て「神に栄光あれ!」と言うようになる境地がある。

 なぜこのような祝福をあなたたちが受けることを私は願っているのか?この祝福はあなたを自分自身から解放する。あなたは自分の魂の車輪をもてあそぶことにもはや貴重な時間を費やさなくなる。この祝福を得たかどうかドキドキしながら確認することにもはや時間を費やさなくなる。神に栄光あれ、人々を罪と恥辱から救うことに時間をすべて費やすようになるのである!パウロを思い浮かべよ。彼は「もはや私ではない」と言い、自分自身の経験を調べたり検証することに日を費やさなかった。あなたは死んでいるのである。検証しようとする「私」はもはやいない。検証するに足る「私」はいないし、調べるに足る「私」もいない。「もはや私ではない」のであり、キリストである。キリストは「私はあなたを油塗り、この死にかけている世に福音を宣べ伝えることをあなたに委ねた」と言われる。人々が私のところに来て、「スラムの働きにつきたい」と言う。私は彼らに「あなたはまったく聖められましたか?」と尋ねる。すると、彼らは口で答える前に態度で答えてしまう。ためらいの態度そのものが答なのである。主はわれわれに自分自身と自分自身の関心を片付けることを望んでおられ、失われた人のために泣いて祈ることにすべての時間を費やすことを望んでおられるのである。


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