若者に対する良い知らせ

 パウロはテモテに福音について語りました。テモテは良い知らせ、良いおとずれを必要としていました。まず、テモテは若者でした。クリスチャンの若者は、自分自身の個人的な数々の問題を抱えています――自分自身の内に多くの困難や問題を抱えています。若者にとって人生はこれから始まります。人生の諸問題すべてに直面します。テモテは若者でした。このような若者に向かって使徒は言います、「大丈夫です、テモテよ。こうしたあらゆる問題や困難によってあなたは悩まされるかもしれません。様々な仕方であなたは霊的にこうしたあらゆる問題を抱えるかもしれません。しかし、イエス・キリストはそうした状況にことごとく応じることができるのです!」。若い男女よ、覚えておいて下さい。主イエスは若者のあらゆる問題に対する神の答えなのです。これは良いおとずれではないでしょうか?

 テモテは若かっただけではありません。特殊な困難の中にある若者だったのです。それはクリスチャンの働きにおける彼の立場のためでした。三つの方面から困難が彼に臨みました。第一は、異教世界からです。当時、若者にとってそれは何と難題だったことでしょう!神のための余地、主のための余地、神の事柄のための余地がまったくない世界だったのです。さらに、この異教世界の敵対勢力がことごとくこの若者の上に集中攻撃を加えているかのようでした。第二に、ユダヤ教界から来る困難がありました。パウロはここでそれをほのめかしています。このユダヤ教徒たちは堅い決意を抱いて、パウロを世界中追いかけ回していました。「この男を始末しなければならない――この男の働きを完全に一掃しなければならない!」。あらゆる手を尽くして、このユダヤ教徒たちはパウロとその働きとその回心者たちを滅ぼそうとしていました。テモテはパウロの仲間でした。パウロは言います、「私のことを恥ずかしく思ってはなりません」。パウロと関わっていたために、テモテはかなり多くの困難に会いました。それに対する答えはこうでした、「大丈夫です、テモテよ。あなたのために良い知らせがあります!主イエスはこの問題に応じることができます――あなたのことを最後まで顧みて下さるのです」。

 次に、テモテは神の働きにおいて――神の教会において――大きな責任を担っている若者でした。この責任の大きさが少しでもわかるなら、かなりしっかりした信頼できる根拠が必要であることがわかるでしょう。テモテはとても面倒なクリスチャンたちに直面しました。しかし、パウロは言いました、「若いからといって、誰にも侮られてはなりません」。偉ぶった人たち――自分のことをひとかどの者と思っている人たち――がいました。彼らにはこのように言う傾向がありました、「ああ、ご存じの通り、テモテは若者にすぎません――あまりテモテに注目してはいけません」。彼らはテモテの若さを見下していたのです。これは耐えるのがとても困難なことです。もしあなたがたまたまそのような立場にあったなら、あなたはすっかり落胆してしまうでしょう。私はよく覚えているのですが、私が務めを開始して、ある教会に対して責任を持つようになった時のことです。その教会の役員の大部分は年配の人たちでした。ある日、その中の一人が次のように言うのが聞こえました、「彼が若すぎるのはご存じでしょう!」。しかし、彼らの中に素晴らしい人が一人いました。その人は言いました、「それは心配ありませんよ――いつかその問題を克服するでしょうから!」。さて、これはとても親切な優しい姿勢です。しかし、責任を担わなければならない時が来る時、同労者たちの間のそのような類の態度のせいで、あなたはすっかり落胆してしまうかもしれません。テモテはそのような立場にありました。しかし、これがテモテに対する福音です。「大丈夫です。主イエスはその状況に応じることができます――あなたのことも最後まで顧みることができるのです」。

 結局のところ、実際はまさにその通りです。主イエスは「神から私たちへと至る」神の満足とされました。ああ、神に感謝します。主イエスは私たちの過ち、弱さ、欠点を挽回して下さいます。かつて私はある物語を読みました――実話だと思います――欧州のあるホテルの物語です。人々は安息、静けさ、隠遁を求めて、よくそのホテルに行って滞在しました。ある日、一人の母親が小さな女の子と一緒に到着しました。その少女はピアノを習い始めたばかりでした。毎朝、少女はまずピアノの所に行き、何度もピアノを弾きました。一日中、ピアノを弾いたのです。朝も昼も夜も少女は引き続けました。とうとう滞在客たちは鬱陶しくなって、どうすればいいか集まって相談しました。その時、そのホテルに滞在するために、ある有名なピアニストが到着しました。彼はただちにその場の雰囲気を察知して、この状況に介入しました。そして、少女がピアノに向かうと、彼も一緒に行って席に着き、自分の両手を少女の両手の上に乗せて導きました。すると、すごく美しい音楽が流れ始めたのです。人々は自分の部屋からピアノのあるその部屋にやって来て、座って聞き入りました。演奏が終わると、このピアニストは少女に言いました、「ありがとう、お嬢さん。今日はとても楽しかったですね」――こうして問題はすべて片付いたのです。

 そうです、主イエスは御自分の両手を私たちの両手の上に置いて下さいます。私たちは物事を滅茶苦茶にしてしまうかもしれません。もし放置されるなら、そうしてしまうでしょう。私たちは台無しにして、多くの害を及ぼしてしまいます。私たちはあまりにも不完全で、あまりにも間違いを犯しやすいのです。しかし、主イエスが祝福に満ちた仕方でやって来て、私たちの欠点をただし、私たちに代わって御父に答え、私たちの過ちを益に変えて下さるのです――どのようにしてでしょう?――ご自身によってです。まさにご自身によってそうして下さるのです。

 「祝福された神の栄光の福音」――これが答えであり、これが良い知らせなのです。


「パウロによる福音」 完


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