「……私たちの福音があなたたちに伝えられたとき、それは言葉だけによるのではなく、力と聖霊と強い確信とによりました」(一テサロニケ一・五)
「あなたたちが知っているように、私たちは、先にピリピで苦しめられ、辱められましたが、私たちの神によって大胆になり、激しい戦いのうちに神の福音をあなたたちに語りました」(二・二)
「……私たちは神によしとされて、この福音を託されました……」(二・四)
「……あなたたちを愛情をもって慕っていたので、私たちは神の福音だけでなく自分自身の命をもあなたたちに喜んで与えようとしました……なぜなら、兄弟たちよ、あなたたちは私たちの労苦と努力を覚えておられるでしょう。私たちはあなたたちの誰にも負担をかけまいと、夜も昼も働きながら、あなたたちに神の福音を宣べ伝えました」(二・八、九)
「私たちは……私たちの兄弟で、キリストの福音における神の奉仕者であるテモテを遣わしました……」(三・一、二)
「……主は神を知らない者たちや、私たちの主イエス・キリストの福音に従わない者たちに報復されます……」(二テサロニケ一・八)
「……神が私たちの福音を通してあなたたちを召されたのはそのためであり、私たちの主イエス・キリストの栄光を得させるためです……」(二テサロニケ一・八)


 この二つの手紙では福音が大きな地位を占めていることがわかります。私たちは今、この福音の真の意味を見いだそうと努めることにします。すなわち、この二つの手紙とテサロニケの信者たちの観点から、この良いおとずれの本質的意義を見いだそうと努めることにします。テサロニケのこの信者たちの霊的歴史、生活、状態を垣間見るなら、理解の助けになるでしょう。

テサロニケのクリスチャンたちは模範である


 一目見るだけで、パウロがどれほど彼らを特別に評価していたのかがわかります。パウロは次のような言葉を繰り返し用いています。「私たちはあなたたち全員のためにいつも神に感謝しています」。第一と第二の両方の手紙で、彼はこのように語っています(第一の手紙一・二、 第二の手紙一・三、二・十三)。「私たちはあなたたちのために神に感謝しています」。次に、パウロは彼らに対してとても素晴らしいことを述べます。これは今回の考察で私たちに明確な導きを与えるものです。第一の手紙一章七節で彼は言います、「あなたたちはマケドニヤとアカヤの信者全員の模範となりました」。主の民の一団についてこう述べるのは大そうなことです。私たちは直ちにこう尋ねずにはいられません、「どのようにして彼らは模範になったのでしょう?」。彼らは直接ここで述べられているようにマケドニヤとアカヤ全域で模範になっただけではありません。なぜなら、この二つの手紙が今日に至るまで残っているからです。ですから、彼らは主の民全員の模範だったのです。彼らが真に模範だったからには、彼らに関する限り福音には何か重大な意義があったに違いありません。福音は彼らの間でとても特別な形で表されたに違いありません。ですから、彼らはどのようにして「すべての信者の模範」になったのか?というこの問いに答えようと努めることにします。


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